心のこと…

「医科心理学」の知識を遊ぶ

人種差別はずっとずっと 1

   私たち人間は、ほかの動物たちと同様に、自分と遺伝子的に近い「身内(血縁者)」をより大切にし、より愛他行動(利他行動)altruismをする傾向がある、ということをお話ししました。

 

  これは逆に言うと、自分と遺伝子的に遠い「他人」に対しては、(相対的には)あまり大切にしないし、むしろ意地悪さえする傾向がある、ということでもあります。

 

  これを拡大していくと、遺伝子的にかなり遠い「他民族」や「他人種」に対して、相対的にあまり大切にしないし、むしろ意地悪さえすることがある、つまり「人種差別 racism」をすることに理論的に行き着きます。

 

  すると、世界中あちこちに見られる他民族・他人種への嫌悪感、敵意、差別といったものは、私たちの遺伝子の中に最初から組み込まれているデフォルトのプログラムであり、つまりまたしてもこれは「原罪」であり、どうにもできないものなのか? という疑問が生じます。

 

  本当なのか? などと確認するまでもないことなのですが、それをいちいち確認するのが科学です。

 

  試しに白人の人たちに被験者になってもらい、ゲーム上で警察官の役をやってもらいます。 画面には見知らぬ人物が何かを持って出てきますが、持っているものが銃であるならできるだけ早く射殺し、そうではないなら撃ってはいけない、というルールにします。 ここで登場する見知らぬ怪しい人物が、被験者と同じ人種(白人)であるか、違う人種(黒人)であるかによって、被験者のパフォーマンスに差が生じるでしょうか?

f:id:Lemontarou:20170611160816j:plain

  Correll先生たちが行った実験では、予測通りの結果でした。 白人の被験者の人たちは、「怪しい人物」が持っているのが銃ではない場合、相手が自分と同じ白人である場合に比べて、黒人だと間違えて撃ってしまう傾向が強かったのです。

 

  相手が自分とは遺伝子的に離れている、民族・人種が違うと、なかなか優しくなれないし、ひどく厳しくなってしまい、攻撃的になってしまう傾向は、ほかにもいろいろな形で現れてきます。

 

  例えば、相手の苦痛に対する共感性です。 身体的な痛みというごくごく簡単な「痛み」に対する共感性においてさえ、「痛み」を感じている相手が自分と同じ人種である場合に比べて、違う人種であると、痛みに対して共感しにくくなってしまうのです。 実際、オーストラリアのCao先生たちが中国人の被験者を対象に行った実験では、被験者が見る「痛み」を感じている見知らぬ人物が、同じ人種(中国人)であったり、違う人種(白人)であったりします。

f:id:Lemontarou:20170611160858j:plain

  すると、中国人の被験者は、同じ人種の中国人が痛い思いをしているときは痛みに対してちゃんと共感できるのですが、違う人種である白人が痛い思いをしているときには、それほどちゃんと痛みに対して共感できないことが示されたのです。

f:id:Lemontarou:20170611160922j:plain

  このことは現実的な問題にさえなります。実際、他人種がたくさん暮らしているアメリカなどでは医療従事者の人種差別racismが科学的に証明されています。 医療従事者ですから、別に意図的に他人種に対する差別意識があって差別しているのではないのです。 ただ、共感性の回路がうまく働かないために、ちゃんと共感することが難しくなってしまうのです。

f:id:Lemontarou:20170611161013j:plain

  さらに、相手の苦痛に共感しにくい問題は、単純な身体的な苦痛だけではありません。 「仲間外れにされること」など社会的・心理的な苦痛に対しても、その相手が他民族・他人種であると、共感性が悪くなることも示されています。 おわかりでしょうが、これは容易に「いじめ」や「差別」につながっていきます。

 

  民族・人種が違うと共感性 empathyが悪くなる、という事実のために、相手の気持ちをちゃんと把握して一緒に取り組まなくてはいけない共同作業も他人種同士では難しくなります。 Sacheli先生たちは(実際の人間相手ではなく)コンピューター上の「アバター」を相手に、被験者が共同作業をする実験を行いました。 共同作業といっても非常に単純で、画面にあらわれる「瓶」に対して、相手が先っぽを持つときは、こっちは根元を持つ。 相手が根元を持つときは、こっちは先っぽを持つ、というだけのものです。 それでも、白人の被験者がやってみると、「アバター」が自分と同じ白人の時に比べて、自分と違う黒人の時は、今ひとつ共同作業がうまくいかなくなってしまうのでした。

f:id:Lemontarou:20170611161044j:plain

  重要なのは、こうした「差別」が意識的になされているのではない点です。 実際、意識的には「差別意識なんて持っていない」と公言する人でも、行動上は(無意識的に)差別的な行動が出てしまうのです。 これは一体…?

 

 

 

参考書

Correll J, et al.  The Police Officer’s Dilemma: Using Ethnicity to Disambiguate Potentially Threatening Individuals.  Journal of Personality and Social Psychology, 2002, Vol. 83, No. 6, 1314–1329.

 

Sacheli LM, et al.  Prejudiced interactions: implicit racial bias reducespredictive simulation during joint action with an out-group avatar.  SCIENTIFIC REPORTS | 5 : 8507 | DOI: 10.1038/srep08507.

 

Cao Y, et al.  Racial bias in neural response to others' pain is reduced with other-race contact.  Cortex 70 (2015) 68-78.