心のこと…

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悪い奴らをやっつけろ 2

  進化論的な観点から、純粋に論理的・数学的に導かれる結論として、私たち人間が「悪い奴らをやっつける」という行動パターンを持っていることが、私たち人間がつくる強い群れ(社会)を維持していくために必要だ、ということになりました。

 

  良いも悪いもない。 正しいも間違っているもない。 ただ進化の必然として「正義を愛し、悪を憎む心」を私たちはそなえているはずだということになるわけです。

 

  本当なのか? 本当に私たち人間はだいたいにおいて「正義を愛し、悪を憎む」≒「協力的な人を大切にして、みんなの利益にタダ乗りしようとする悪い奴らをやっつける」心を持っているものなのか?

 

  というわけで、Fehr先生とGachter先生は被験者を集めて実験をしてみました。「一人はみんなのために」という助け合いを行うPublic Good Gameというお金をかけるゲームをやってもらうのです。 メンバーが「みんなのために」お金を使えば、その分だけ得られる利益もあがり、みんなが助かります。 しかし、お金を惜しんで使わない選択をすることもできます。 みんながお金をかけて得てくれた利益だけをもらってしまうことができるのです。 そうすると、どうやっても自分だけ利益にタダ乗りしようとする「悪い奴」が出てきます。 結果として全体の生産性は下がってしまうのです。 

  ところが、ここにもう一つルールを入れて、また別のお金を払って、誰かを罰する(罰金を取り上げる)ことができる、ということにします。 すると、ゲームの参加者は「タダ乗り」をしている「悪い奴」に対して、自分がお金を余計に払うことになっても、罰を与えるという行動をするようになります。 実際、ほとんどの人(8割以上)が、そうした行動をするのでした。 結果として、「悪い奴」が「タダ乗り」をすることは抑えられ、全体の生産性も上がるのでした。

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  そう、私たちは進化論をもとにした数学的な結論の通りに、「悪い奴らをやっつける」本能的な行動パターンがあるのです。 こうした、自分の貴重な時間と労力とお金を使ってでも、ある種のコストやリスクがあっても、「悪い奴らをやっつける」という行動をすることを、愛他的(利他的)懲罰 altruistic punishment と呼びます。

 

  この本能的な行動パターンは、それを行っている時に脳の活動性を調べてみると、大脳基底核尾状核などが強く活動していることがわかっています。 つまり、ある種の脳の中の「報酬回路」の働きにより、私たちは「悪い奴らをやっつける」行動をするように動機づけられているわけですし、その行動をするととてもすっきりとする快感を得られるようにできているわけです。

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  そう、正義の味方が悪い奴らをやっつけるのは、正義のためでもなんでもない、ただ自分が快感を得たかったからなのです。

 

  いずれにしろ、ほとんどの人が「悪い奴ら」に対して怒り・嫌悪感を持ち、実際に彼らをやっつける行動に出ることから、「タダ乗り」などの悪い行動は抑えられ、逆に協力的な行動が促進されることになります。 自分が「タダ乗り」という悪いことをすると、みんなに嫌われ、やっつけられてしまう、という体験はやがて内在化し「罪悪感」という形になるでしょう。 このことによって、私たちは「悪いこと」をしたくない気持ちになり、逆にみんなの役に立つ「良いこと」をしたくなるわけです。 この結果として、血縁関係でも何でもない赤の他人に対して、今後二度と会うことも無いであろう見知らぬ人に対して、私たちはそれでも「良いこと」をしてあげたくなるのです。

 

  つまり、私たち人間が持つ「協力性 cooperation」あるいは「愛他(利他)行動 altruism」というのは、「悪い奴らをやっつける行動」=「愛他的(利他的)懲罰」によってつくられていたのであり、この2つは表裏一体だったのです。

 

  なんと、「悪い奴らをやっつける」ということと、「他人によくしてあげること」は切っても切れない関係だったわけです。 科学的な思考に明るくない法曹界の人たちは、犯罪者を罰するべきではないという議論をすることがありますが、あれは全く間違ったことだということになります。 悪い奴らは罰しなくてはいけないのです。 これは人に対して優しくすることと等価だからです。

 

 

 

参考書:

Fehr E & Gachter S.  Altruistic punishment in humans.  Nature, 2002; 415: 137-140.

 

Jensen K.  Punishment and spite, the dark side of cooperation.  Phil Trans R Soc B, 2010; 365: 2635-2650.

 

Gachter S, et al.  The long-run benefit of punishment.  Science, 2008; 322: 1510.

 

de Quervain D, et al.  The neural basis of altruistic punichment.  Science, 2004; 305: 1254-1258.