心のこと…

「医科心理学」の知識を遊ぶ

悪い奴らをやっつけろ 1

  私たち人間を含めて動物たちは基本的に(1)自分の身体を成長・維持・強化することか、(2)子づくり・子育てに資することか、そのどちらかしかしていないはずだ、ということをお話ししました。

  そのうえ、私たちは利己的な遺伝子が動かしている利己的なダーウィン・マシンに過ぎず、自分の遺伝子が生き残り、増えていくのに役立つことしかしていない、ということもお話ししてきました。

 

  一見すると、この原理・原則に反するように見えるのが、「協力性 cooperation」とか「愛他(利他)行動 altruism」でした。 しかし、多くの愛他(利他)行動は自分と同じ遺伝子を持っている血縁関係にある他者に向けられているものであって、それゆえにこうした「愛他(利他)行動」も実は自分の遺伝子(自分と同じ遺伝子)を生き残らせ、繁栄させるための、実に利己的な手段であったわけです。

 

  しかし、私たち人間の行動パターンをよくよく振り返ると、血縁関係でもなんでもない、赤の他人、見知らぬ通りすがりの人に対してさえ、「愛他(利他)行動」をすることがあります。これは一体どういうことなのか? 動物の行動の基本原則が、ここでは破られているのか?

 

  その前に、私たち人間のように群れ(社会、集団)をつくって生活する動物には「協力性 cooperation」と呼ばれる行動パターンがあることが多いので、それをまず見てみます。

  私たちが原始人の頃、「狩猟」をするにも、「戦争(部族間闘争)」をするにも、一人でやるよりは集団でやった方が当然うまくいきます。 このため、「一匹狼の人たち」よりも、みんなで協力して生活をする「協力的な人たち」の方がより生き残り、栄えていくことになります。 つまり、「一匹狼」の行動パターンをコードする遺伝子よりも、「協力的な」行動パターンをコードする遺伝子の方がより生き残り、より増えて、中心的になっていきます。 ところが、群れがみんなの「愛他(利他)行動」によって成り立つ協力的な社会になってくると、必ず「悪いタダ乗り者」が出てきます。 自分では少しも働かず、時間も労力も費やすことなく、みんながやってくれた利益だけ受け取ってしまう人たちです。 理屈的には、こうした寄生生活をする人たちは、他のことに自分の時間と労力を費やすことができる分だけ、より栄えることになってしまいます。 悪が栄えるのです。 そのうち、良い「協力的な人たち」がいなくなってしまい、悪い「タダ乗り者」が増えていき、社会の中心になってしまいます。 しかし、それでは当然社会が成り立たなくなるので、「一匹狼」の行動パターンをする人たちが増えていきます。 しかし、「一匹狼の人たち」よりは「協力的な人たち」による集団の方が強いので、そのうち社会は「協力的な人たち」中心にシフトしていきます。 …というように、社会がサイクルするわけです。 単純に数学的にはそう言えます。

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  理屈的にはそうなのですが、これは社会の事実に合いません。 社会はそんな風にサイクルしていないからです。 

 

  いったいなぜか?

 

  「悪い奴らをやっつける人たち」がいるからです。 悪い奴ら(タダ乗り者)をやっつけたいという気持ちを、私たち人間は大部分の人が普通に持っているからです。

 

  さきほどの社会のサイクルのモデルに、「協力的な人たち」の中に「悪い奴らをやっつける人たち」を加えてみるとどうなるでしょう? 協力的な社会の中に、タダ乗りをする「悪い奴ら」がいると、この「悪い奴らをやっつける人たち」が彼らを罰する行動をします。 すると、悪い奴らが減っていくことになります。 なくなりはしませんが、減っていくのです。 数学的に計算すると、社会はサイクルすることなく、「協力的な人たち」+「悪い奴らをやっつける人たち」が中心に構成される協力的な社会に落ち着くことになります。 心も情緒もありません。 正しいも間違っているもありません。 純粋に数学的にそういうことになるのです。

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  そして、このモデルは、現実の私たちの社会に合っています。 実際に、私たちの社会はサイクルなどしていませんし、どうやら私たち人間は誰しも「正義を愛し、悪を憎む心」を持っており、「悪い奴らをやっつける」行動パターンを傾向として持っています。

  つまり、私たちには進化論的な必然として「正義を愛し、悪を憎む心」が生じ、「悪い奴らをやっつける」行動パターンが生じ、それによって「一匹狼」よりはずっと生産性が高く強い社会をつくることができ、今日の人類の繁栄につながっている…ということなのでしょう。 そこに良いも悪いもないのです。 純粋に数学的な、基本的に利己的なはずの進化論的な必然だったというわけです。

 

  そして、この「悪い奴らをやっつける」気持ちを私たちみんなが持っている事実こそ、遺伝子的に遠く離れた赤の他人に対する「愛他(利他)行動」の動機になっていることを、この続きで見ていきます。

 

 

参考書

 Fowler JH.  Altruistic punishment and the origin of cooperation.  PNAS May 10, 2005 vol. 102 no. 19 SOCIAL SCIENCES 7047–7049.

 

Moritz Hetzer & Didier Sornette.  An Evolutionary Model of Cooperation, Fairness and Altruistic Punishment in Public Good Games.  PLos One 2013; e77041