心のこと…

「医科心理学」の知識を遊ぶ

子殺しと利己的な遺伝子 3

  「親投資 parent investment」に関連したもう一つのダークサイドは、「障害児殺し」です。 もうちょっとちゃんとした言い方をすると、親は自分の子どもに障害があることや、何らかの意味で健康ではないことを嫌い、愛することが難しくなってしまう、という問題です。

 

  これも、実は動物界では非常に良くあることです。 実際、多くの鳥たちはより元気な子どもを生かし、元気ではない子を「間引き」することが知られています。 つまり、こういうことです。 鳥たちは一度にいくつもの卵を産み、何羽ものヒナがかえります。 鳥の親たちは、ヒナたちの中でも一番元気の良いもの(一番元気に、けたたましく鳴いて食べ物をねだるもの)から、順番に餌を与える習性があります。 ということは、一番元気のないヒナは食べ物にありつけるのは一番最後になります。 たまたま食べ物がたくさんとれる、親にとって生活に余裕がある時は良いのです。 親がとってこれる食べ物が少なく、生活が苦しくなるとどうなるでしょう? 当然、元気のないヒナから順番に死んでいくことになるのです。 しかし、親鳥が一番元気の良いヒナから優先的に餌を与えるというこの行動パターンによって、こうした時期でもちゃんと一番生存確率の高いヒナ(一番健康的で元気なヒナ)が一番生き残れるようになっているのです。 生まれつき病弱なヒナや障害のあるヒナ、元気のないヒナは最初から親鳥に「愛されず」、殺されてしまうわけです。

 

  私たち人間的な観点からすると、一見すると非道い話のようにも見えますが、これはこれで、親鳥が自分の遺伝子を残していくために最適なやり方ではあるのです。 誰にも親鳥を責めることなどできません。

 

  では、私たち人間ではどうなのか?

 

  そうなのです。 鳥たちと同じなのです。 統計をとると、障害を持って生まれてきた子は健康に生まれてきた子に比べて子殺し infanticideの犠牲になるリスクが高いこと、こうした傾向は社会保障がしっかりしていないために、現実的に親が障害児を育てていくことが極めて困難であったり、極めて高額なお金を必要としたりする国や地域ではなおさら強まることも知られています。 一見すると非道い話のように思えるかもしれませんが、親にとっては障害のある子はとんでもなくお金がかかる(高い「親投資」を必要とする)のに、遺伝子的には(おそらく子孫をつくることはないであろう、という意味で)行き止まり genetic deadendです。 生活に十分な余裕のある暮らしをしている親ならまだしても、生活に余裕のない人たちにとって、障害のある子を育てていくだけの愛情と意思を持ち続けることは大変に困難であろうと思えるのです。

 

  例えば、わかりやすいところでよく知られた「ダウン症=トリソミー21」があります。

  Juian-Reynier 先生たちがフランスで行った1984年~1990年までにダウン症で生まれた子がどうなったかの追跡調査があります。 その結果を見ると、生後1年の追跡調査の間に43%ものダウン症の子どもたちがすでに死んでいました。 その内訳として、27%は妊娠中絶(出生前の子殺し)であり、生後1年の間に約6%もの子どもが「子殺し」を含む「病気以外の死」でした。(統計上「原因不明の死」とか「乳児突然死」とされていますが、相当に「子殺し」である可能性は高いと思われます。) そのうえ、生き残った子たちも12%が親からは捨てられ養子登録されていたのです。

  今ではダウン症については出生前診断があります。 これを普通に受けることができるイギリスでは、たまたま検査を受けることができなくてダウン症の子どもが生まれた親や、検査の結果では陰性だったのに生まれてみたらダウン症だった子どもの親は、子育てストレスを感じやすく、子どもに対しても怒りを持ち、医療従事者や社会に対しても怒り、他罰的な態度をとりがちなことが知られています。 つまり、自分の子どもに障害があることを、ひどく嫌がり、憎んでしまうのです。

 

  一見すると非道い話です。 しかし、鳥たちの話と同じように、おそらく誰も、こうした親を責めることなどできないはずです。 障害のある子には罪はありません。 しかし障害がある子を憎んでしまう人にも罪はないのです。 私たち人間は、障害を、そして障害のある人を比較的愛せないようにできているのです。 それを罪というのであれば、これはもう原罪としか言いようのないものでしょう。

 

 

参考書:

Dunber R, Barret L, Lycett J.  Evolutionary Psychology.

 

Juian-Reynier C, et al.  Attitudes towards Down's syndrome: follow up
of a cohort of 280 cases.  J Med Genet 1995;32:597-599.

 

Hall S, et al.  Psychological consequences for parents of false negative
results on prenatal screening for Down’s syndrome:
retrospective interview study.  BMJ 2000;320:407–12.