心のこと…

「医科心理学」の知識を遊ぶ

子殺しと利己的な遺伝子 1

 引き続き「親投資 parent investment」の話です。 動物たちには、自分の持つ時間とエネルギーを(1)自分自身の身体を維持・強化・成長させるために使うか、(2)子づくり/子育てに使うか、のどちらかのモードしかない、ということはこれまでに何度も繰り返しお話ししてきました。 そのうち後者、(2)の方を生物学の分野では広く「親投資 parent investment」と言うのでした。 その「親投資」の中でも、「子づくり」ではなく「子育て」にのみ、狭義の「親投資」にのみ、今回は焦点を当ててみます。

 

 基本的に動物たちの行動パターンのほとんどは遺伝子によってコードされています。 これまで見てきたように、女性がなぜかイケメンを配偶者選択することも、男性がなぜかボンッキュッボンのナイスバディな女性を配偶者選択することも、女性も男性も浮気EPCをしようとすることも、それを防ごうとすることも、親が女の子ではなく男の子にお金をかけて育てようとすることも、すべて生得的・本能的に備わっている、つまり遺伝子によってコードされている行動パターンだったわけです。

 そして、遺伝子は基本的に「利己的な遺伝子 selfish gene」の原理で増えていきます。 もともと遺伝子DNAはただの物質であり、心も魂もないので、「利己的」も何もあったもんじゃありませんが、要するに自分が生き残り増えていくのに都合良いように変化(遺伝子変異)したものが自然選択され、生き残り増えていくわけです。

 遺伝子がそのような原理で増えていくことと、動物の行動パターンのほとんどは遺伝子によってコードされているということ、この2つの事実を組み合わせると、論理的な結論として、「動物は、自分をつくっている遺伝子が生き残り増えていくことに最も都合の良い行動パターンをコードする遺伝子を持つようになる」となります。この行動パターンに良いも悪いも、利己的もなにもないのです。なにしろ、ただの物質がコードするただの行動パターンなのですから。

 

 そのうち一つに「親投資」という行動があります。多くの場合、親は子どもをとても大切にします。 目一杯自分の時間とエネルギーを「投資」します。「愛」です。…ですが、基本的にはこれも「ただの物質がコードするただの行動パターン」に過ぎません。結果的に、親はこのように振る舞う方が、自分の遺伝子をより確実に生き残らせ、増えさせていくことができる、というだけなのです。

 

 そして、時には親は子どもに対してとてもひどいことをします。そのうち、よく知られたものに「子殺し infanticide」があります。

 

 ライオンの群れは、基本的に女系です。 どういうことかというと、ライオンの群れは血縁関係にあるメスたちと、血縁関係にはないよそからやってきた(別の遺伝子を持ち込んでくれる)オスによって、オスにとってのハーレムを形成しています。オスは多くのメスたち(姉妹)とたくさんの子どもをつくります。子どもたちは大人になるまで、この群れの中で過ごします。大きくなると、メスはそのまま姉妹同士で一緒に暮らしますが、オスは群れから出て行って放浪の旅に出ます。 オスはいずれ別の(遺伝子的には遠く離れた)メスたちがつくる群れを見つけて、場合によってはその群れを支配している別のオスと戦い、その群れを自分のハーレムにします。 …これが、割と平和的な普通のライオンたちの生活です。

 ところが、新しくハーレムに入ってくるオスは、すでにメスたちが先代のハーレムの長であった別のオスとの子どもを世話していると、その子どもたちをかみ殺してしまうことをします。 いったいなぜ、そんなひどいことをするのか?

 すでにお話ししたように、自分の遺伝子がより確実に生き残り、増えていくために最適な行動パターンがこれなのです。

 つまり、こういうことです。 一般的に、メスたちは乳飲み子を世話している間、次の妊娠ができない状態になります。 乳汁分泌を促すホルモンであるプロラクチンが排卵を抑制するからです。 さらに、たとえ離乳が終わっていたとしても、オスからしたら、自分の遺伝子とは何のつながりもない、ほかのオスの遺伝子を受け継いでいる子どもたちを育てるために、自分の大事な時間とエネルギーを費やしてしまうことは、「親投資」の大きな損失です。 しかも、そんなことをやっているうちに、自分よりもさらに強いオスがやってきて、このハーレムを乗っ取られてしまったら、このオスにとっては自分の遺伝子を残せなくなってしまいます。 結果的に、そんな「優しい」行動をコードする遺伝子は生き残れず、滅びていくだけなのです。 逆に言うと、すでにいる別のオスの子どもたちをかみ殺し、さっさとメスたちに自分の子どもを妊娠させ、さっさと育て上げさせた方が、自分の遺伝子を残すことには都合が良いのです。 結果として、この「子殺し infanticide」という行動パターンをコードする遺伝子が生き残り、ライオンのオスたちはみんなこういう行動をするようになった…というわけです。

 

 以上はライオンの話です。 所詮、けだものです。 私たち人間はそんなひどいことをしないだろう?と思いきや、実はそうでもないのです。 すべて親にとって自分の「親投資」という行動パターンを自分の遺伝子が生き残り増えていくのに最適な行動パターンになるように変化していった結果です。 ここからしばらく、継父stepfatherによる連れ子殺し、障害のある子殺し、などのダークサイドに目を向けていきます。

 

参考書

Gould JL.  Ethology - The Mechanisms and Evolution of Behavior  1982, W.M. Norton & Company, New York