心のこと…

「医科心理学」の知識を遊ぶ

アダムとイブの争い 1

  社会的には男女平等ということになっていますが、生物的には、当然男女は違います。いろいろな点で平等なわけはないのです。

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  そもそも、生き物が有性生殖を始めた時から、わりとすぐに男女(オスとメス)が別れました。 生殖細胞が大きく少ない方(卵)を持ち寄る女(メス)と、生殖細胞が小さくたくさんある方(精子)を持ち寄る男(オス)です。

(お互いに持ち寄る生殖細胞の大きさと数にどうしてこんなアンバランスが生じたのかは、イマイチわかりません。おそらく同じ大きさ、同じ数の生殖細胞を掛け合わせる方式よりもずっと生存競争上の利点があったためでしょう。)

 

  逆に言うと、生き物たちが大きさと数の異なる生殖細胞を持ち寄って増えるようになってから、こうした生き物たちの世界には2つのことが生じました。男女という性差とセックスという行為、そして遺伝子的にプログラムされた寿命による個体の「死」です。

  (完全に余談です。当たり前と言えば当たり前ですが、バクテリアなど単細胞の生き物たちは細胞分裂で増えるために、遺伝子的にプログラムされた個体の死=寿命というものがありません。彼らは、事故で死なない限り、永遠の命を持っているのです…。そのうえ彼らには男も女もありません。彼らは、時々「性線毛 sex pilli」というパイプ状の構造を使って仲間同士で遺伝子を受け渡しすることがあり、この時の遺伝子の提供側を「オス」、遺伝子の受け手側を「メス」と便宜上呼ぶ場合がありますが、本当の意味でのオス・メスではありませんし、本当の意味での性交 sexではありません。)

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  さて、生き物たちが男と女に別れて、持ち寄る生殖細胞の大きさに大きな不均等を生じさせたことで、この時点から男女不平等が始まります。

 

  いったい、どういうことか?

 

  生き物たちが行なっている活動は、すごく大雑把に言うと、(1)自分の身体を維持・成長させていくことと、(2)子づくり・子育てをしていくこと、しかありません。そのどちらかしかないのです。そして、その生き物が持っているエネルギーをどちらにどれだけ振り向けるか、ということは、その生き物の生存・繁栄に深く関わる重大問題です。生き物が持っているエネルギーを子づくり・子育てに振り向けることを「親投資 parent investment」と呼び、生物学上の重要な概念の一つです。

 

  男女不平等の問題は、男と女で、この「親投資」の大きさがまるで違う、というところからスタートしているのです。

  まず、持ち寄る生殖細胞の大きさがまるで違う、ということがあります。女性が(メスが)持ち寄る「卵」は、男性が(オスが)持ち寄る「精子」よりも圧倒的に大きいので、そんなに数をつくれませんし、莫大なエネルギーと時間を要します。もうこの時点から、女性が(メスが)子づくり・子育てにかける「親投資」は、男性(オス)に比べて桁違いに大きいのです。

  さらに、子どもがある程度大きくなるまで母親の子宮の中で育てられ、そのうえ産まれてからも長いこと母親の母乳によって育てられる哺乳類では、さらに「親投資」の男女差が広がります。

  私たち人間では、特に妊娠期間が長いのと、授乳期間が長いのとで、「親投資」の男女差はさらに大きくなります。そりゃそうです。男にとって「子づくり」はほんの一瞬で可能ですが、女にとっては命懸けの一大事業なのです。

 

  生き物が次世代の命をつくるのに費やす時間とエネルギー=「親投資 parent investment」の大きな男女差。これによって、男と女の行動パターン、特に生殖関連行動の行動パターン、恋愛の心理に大きな男女差を生じ、それがさらに社会的な男女不平等につながっていくわけです。ここからしばらくは、そんな男女差の話題を見ていこうと思います。