心のこと…

「医科心理学」の知識を遊ぶ

こぼれ話;女子どもは殺さない…

  アフリカのアダムとイブの昔から、どうやら人類の祖先は戦争(部族間闘争)ばかり繰り返してきたであろうことを前提にお話ししてきました。 それほど、戦争(部族間闘争)は人類にとって基本的な本能行動であって、おそらく人類の進化に必須の条件でもあったのだろうと思われるのです。これは、私たち人類にとって、個々の「死」がどんなに嫌で悲しいものであっても避けがたいものであるのと同様に、人類全体にとって戦争(部族間闘争)といったものは、どんなに悲惨で嫌なものであっても、おそらくそれなしでは人類は存在し続けることができないのでしょう。

(多くの科学者がこのように考えているので、一般の人たちの中には科学者のこうした見方を「戦争肯定派」だと安直に考える人たちがいます。そうではないのです。どうしようもない事実として認めているだけなのです。)

 

  そうではあっても、人類がアダムとイブの頃から(おそらくはそれよりもずっと以前から)延々と続けてきた「戦争」には、それなりのルールもあるようです。まず、戦争は基本的に男たちが行うものであり、「女子どもは、殺さない」という暗黙のルールがどうやらあったようなのです。このために、すでに見てきたような男女の遺伝子バリエーションのアンバランスがあるわけですし、「アダム」が「イブ」よりも10万年も遅れてやってきたわけなのです。そして、現代に生きる私たちにもその習性は残っているようで、暴力性は基本的に男性の方が強いのですが、男性が暴力性・攻撃性を向けるのは基本的に成人した男性に対してです。成人した男性は、普通は女性や子どもに暴力性・攻撃性を向けることはないのです。(このため、「男のくせに」女性や子どもに暴力を振るうような男性は、その異常性ゆえに、激しく軽蔑され、社会的に遠ざけられることになるわけです。)

 

  結果として、インド半島での男性遺伝子の消滅の話でお話ししたように、原始人の戦争においては「男は皆殺し、女は奪われていく」ということになったのだろう、と考えられるのです。

 

  その名残として、現代人においても女性や子どもによく見られる「血液・外傷恐怖症 blood/injury phobia」あるいは心理的ショックによる迷走神経発作というものがあります。血を見たり、怪我をしているのを見て、失神してしまったり、へなへなと腰が抜けてしまうアレです。

(ちなみに、「血液・外傷恐怖症」というのは意外に多く、女性よりは少ないながらも男性でもあることがあり、しかも血や外傷を見ることが仕事である医者や看護師にもあることがあります。もっとも、医者や看護師は学生のうちに実習などでさんざん何回も血を見たり怪我や手術を見たりするので、だんだん慣れてくることになります。つまり、元高所恐怖症のとび職の人たちのように、何度も繰り返して恐怖対象に曝露されることで、慣れを生じてくることはできるわけです。)

 

  この「血液・外傷恐怖症」という現象は、どういうわけか圧倒的に女性に多いことがわかっています。以前にもお話ししましたが、ある行動パターンに大きな男女差がある場合、基本的にそれは進化論的な「性選択 sexual selection」に役立ったのだろう、と考えていく原則があります。

 

  では、いったいどんな意味でそれが役立ったというのか? 

 

  男性と違って女性には、血を流している人を見たり怪我をしている人を見たり、実際に自分が怪我をして血を流すことになってしまった時に、腰が抜けて倒れてしまう、ということに、いったいどのような生存・繁栄上の利点があったというのか?

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  ここまでで「女子どもは、殺さない」という暗黙のルールがあったであろう原始人たちの戦争(部族間闘争)のお話をしてきたことから、もうお分かりでしょう。

 

  原始人たちの戦争において、戦いをするのは男たちでした。女たちは自分の村にいたでしょう。自分の村の男たちが負けて、敵の男たちが村まで攻め込んでくるようになった時点で、もう負けは確定しています。それでも諦めないで最後まで抵抗した女性たちは敵に殺されてしまっていたことでしょう。それに対して、仲間たちが血まみれになって倒れていく中で、血のついた武器を持った敵がやってきた時に、へなへなと腰が抜けて戦闘不能状態になった女性たちは助かったはずです。こうして助かった女性たちは、かつての敵だった村の男たちとの間に子どもをつくり、繁栄していき、その遺伝子を後世に残した…という筋書きです。

(これに対して、成人した男は、どうせ皆殺しになってしまうので、諦めず最後まで戦った方が良いに決まっているのです。ここに「(遺伝子的な意味での)生き残り戦術」の男女差が生じるわけです。)

 

この「血液・外傷恐怖症」の有病率の男女差の話以外にも、かつて人類が原始人だった頃に生存・繁栄競争上有利であったために現代人の遺伝子の中にも残っている行動パターンというものがいくつもあります。そうしたことも、この後の話で見ていきたいと思っています。

 

 

参考書

Bracha HS.  Freeze, flight, fight, fright, faint: adaptationist perspectives on the acute stress response spectrum.  CNS Spectr. 2004;9(9):679-685.