心のこと…

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進化論の話11

   より強い、より複雑で柔軟で大規模な「群れ」・「社会」をつくり維持する能力を得るために人類の脳は進化してきたという側面があったであろうことを以前にお話ししました。

 

  そしてそれと同時に、今回ここまでで、人類は「道具をつくり、使うこと」をより複雑で柔軟で効率的に行うことができるように脳を進化させてきたという側面もあったであろうことを見てきました。「道具をつくり、使うこと」に必要な、「目的に方向付けられた、階層構造を持ち順序立てられた動作」をプログラミングすること、そしてこの動作プログラミングを「意図」というわかりやすい形に概念化し、相手がどのような「意図」で動作しているかを解釈する能力、さらにはこうした「意図」を意図的に相手に伝える能力…こうした全てのことが「道具をつくり、使うこと」には必要でしたし、おそらくそれを転用する形で、人類は「歌と音楽」、そして「言語」という能力を獲得したのです。

 

  こうして、人類は「道具をつくり、使うこと」、「歌と音楽」、そして「言語」といった能力の進化とともに進化してきたのでしょう。 これら3つの能力には、脳の使い方において、意外なほどの共通点があることがわかっています。

 

  まずは、これまで散々みてきた、昔は「言語中枢」と考えられてきた「ブローカ領域」と「ウェルニッケ領域」の本当の意味合いです。これらに脳の領域は、上記3つの全てに必要な「目的に方向付けられた、階層構造を持ち順序立てられた動作」をプログラミングしていくことと、その動作を見てプログラミング(目的の方向性≒「意図」や「気持ち」といったもの)を解釈していくこと(これは、脳のこの領域に特徴的に見られるミラー・ニューロンの性質によって可能になったものと見られます)に共通に使われていたのでした。

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  さらに、右脳と左脳の機能局在もあります。

 

  わかりやすいのが両手を使った「道具をつくり、使うこと」です。私たちは、道具をつくる時も使う時も、両手を使います。多くの右利きの人にとっては、右手は素早く細かい、リズミカルな動きの繰り返しをする役割を担います。(ハンマーを使って釘を打つ、箸を使ってご飯を食べる、包丁を使って食材を切る、などを想像してください。)それに対して、左手はよりゆっくりとより広く、全体の流れ(文脈 context)をつくる役割を担います。(ハンマーで釘を打つ時に釘を持つ、ご飯を食べるときにお椀を持つ、包丁で食材を切るときに食材を持つ、などです。)どちらの手も必要です。

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  そして、この右手と左手は、それぞれ大脳皮質の左脳と右脳が主には支配します。(大脳皮質の左右は、両半球をつなぐ大規模な神経回路=脳梁によって繋がれており、情報交換はしっかりなされています。このため右手を動かすための左半球の一次運動野へは右半球で処理された情報も行きますし、左手を動かす右半球の一次運動野へは左半球で処理された情報も行くのです。このため「主には」右手は左半球が支配し、左手は右半球が支配する、という言い方をしたのです。)

  右手と左手がそれぞれに役割分担している動作は、繰り返しの練習の中で長い時間をかけて身につけて行く必要のある運動スキル motor skillです。こうした運動スキルは身につけるのに時間と労力が相当にかかるために、どちらかの手がどちらかの役割を専攻して覚えていったほうが明らかに得策です。このため、多くの人にとっては「右手が利き手」と呼ばれますが、これは右手が「素早く細かい、リズミカルな動きの繰り返しによって組み立てられている動作」に特化しているということであり、左手が「よりゆっくりと広い、全体の流れをつくること」に特化しているということなのです。そして、それに呼応するように、(主には右手を支配する)左脳は「素早く細かい、リズミカルな動きの繰り返しによって組み立てられていく動作」をプログラミングしたり解釈したりすることに特化しており、(主には左手を支配する)右脳は「よりゆっくりと広い、全体の流れ(文脈)をつくる」プログラミングとその解釈に特化することになっているのです。

 

  そして、この左脳と右脳の機能局在の傾向は「道具をつくり、使うこと」に限りません。

 

  「歌と音楽」においても、左脳は「素早く細かい、リズミカルな情報処理」に特化しており、「歌と音楽」の構成要素である「リズム」や「音の細かい組み合わせ」に特化しています。一方で右脳は「歌と音楽」の全体のムードを決定づける「音階・音調」に特化しています。

 

  「言語」についても同様です。左脳は「素早く細かいつくり込み」に特化しており、細かい言葉選びや文法を扱います。(古い概念で「言語中枢」が左脳にあり、脳は言語活動には関係しないと言われていたのは、こうした「細かい」言語能力は臨床的に検査しやすく、見つけやすいものだったからでしょう。)それに対して右脳は「よりゆっくりと広い、全体の流れ(文脈)」に特化しており、言葉によって表現されるもののイメージ性、物語性を扱います。

 

  右も左も両方必要だったのです。

 

  いずれにしろ、私たち人類の遠い遠い祖先は、脳のこの領域を大きく進化させることで、「道具をつくり、使うこと」の能力も、「歌と音楽」の能力も、言葉の能力も進化させてゆきました。そして、道具や音楽や言葉をより複雑により洗練された形で使うことができるように、脳のさらに前の部分(さらに抽象的な思考や、「実行機能 executive function」と呼ばれる、物事を要領よく柔軟に計画的に実行してゆく機能を担う「前頭前野 prefrontal cortex」、特に前頭前野の背側面 DLPFC)をより大きく進化させていったのだろうと考えられるのでした。

 

 

 

参考書

Fitch WT & Martins MD.  Hierarchical processing in music, language, and action: Lashley revisited.  Ann. N.Y. Acad. Sci. 1316 (2014) 87–104.

 

Bookheimer S.  Functional MRI of language: new approaches to understanding the cortical organization of semantic processing.  Annu. Rev. Neurosci. 2002. 25:151-188.