心のこと…

「医科心理学」の知識を遊ぶ

進化論の話10

 サル以上の高い知能を持った動物たちだけが行うことができる「(主には手や道具を使って行う)目的に方向付けられ階層構造化された動作」を脳内でプログラミングにすること。その極致が、私たちが何気なく普通に行なっている「道具をつくり、使うこと」です。これは、例えば簡単な「テーブルの上にあるナッツを手にとって食べること」に比べて、その動きは桁違いで複雑な階層構造になっていて、極めて遠い遠い目的 goalに向かって順序立てて動きを組み上げていかなくてはできないことです。

 

  しかも、「道具」は、その存在自体が「目的に方向付けられた動作」の具現化そのものです。(当たり前のことですが、目的のない道具なんて存在しないからです。)

 

  人類は、この「道具をつくり、使うこと」という能力を得たことで、大きく変わったことがいくつかあったでしょう。

  (1)「目的に方向付けられ階層構造化された動作」をプログラミングする能力をより一層、桁違いに進化させたこと。

  (2)道具をつくることも、使うことも、ともに誰かがそうしているのを見て、模倣し身につけていく必要性があったであろうこと。このため意図的な「模倣」による「学習」、そのためのコミュニケーションという能力(相手のやっている動作の「意図」を解釈し意図的に模倣すること、そして相手に学習させることを意図して模倣しやすいようにわざわざ動作を示してあげること≒ジェスチャーによるコミュニケーション)も桁違いに進化させたであろうこと。(これは、相手のしていることを見るだけで、瞬時にそこにある「目的」とか「意図」といったものを理解し自分のものにすることができる、例のミラー・ニューロンの性質をより桁違いに進化させたものです。)

  (3)道具には(それをつくることの労力や、自分に合わせて使いこんでいくための労力が必要なため)ほぼ必然的に「自分のもの」という感覚(外界にあるものを自分の延長のようにすること、所有欲)を持つようになったであろこと。

 

   遠い遠い人類の祖先にとって、いちばんの最初期の頃の「道具」は石器だったでしょう。この石器も、脳が進化して「目的に方向付けられ階層構造化された動作」をプログラミングにする能力が向上するに従って、最初の頃は石をぶつけ合って先を尖らせただけのような簡単な石器だったのが、次第に複雑なつくりこみをするようになり、「出来上がり」をイメージしながら何段階にも分かれる手順を経てつくられるものに進化していきました。

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(通常は、多くの右利きの原始人にとっては、左手で「素材となる石」を支えながら動かし、こうして全体の作業の流れをつくっていきながら、右手はリズミカルに細かく「ハンマーとなる石」を打ちつけてつくりこんでいくことになっていたでしょう。このようにして、右手と左手は役割を分業して、両手を使って道具をつくっていったでしょう。同様に、道具を使うときも、基本的には左手は全体の大きな流れをつくり、右手はリズミカルに細かい動作を繰り返す、というようにだいたい同じような役割を分業するようになっていたはずです。)

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  さらに、道具をつくったり使ったりするには、誰か他人がそうしているのを見て(あるいは出来上がった道具を見て、その道具が何のためにあるのかという「意図」を理解して)模倣するところから始めなくてはならなかったでしょう。

 

  このとき、脳の中では何が起こっているか?

 

  「道具をつくる」(「道具を使う」でもほぼ同じ)という行動には、「テーブルの上にあるナッツを手にとって食べる」という行動よりもはるかに階層構造が複雑で手順の多い「目的に方向付けられた運動プログラミング」が必要ですから、例の前頭葉の下の部分、頭頂葉と隣り合った場所にある「ブローカ領域」がより広く、より強力に働くことになります。

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  さらに、相手の行なっている行動(「道具をつくること」や「道具を使うこと」)を見て、自分の中に持っている記憶と照合しながら、自分の運動プログラミングと照合しながら、そこにある「意図」を解釈し、模倣していくために、体性感覚と視覚と聴覚などの情報が集約される、頭頂葉の下の部分、後頭葉と側頭葉に隣接する場所(=ウェルニッケ領域)が広く、強力に働くことにもなります。

(ウェルニッケ領域は、脳のこの場所にあるために、より概念化・抽象化された状態での体性感覚、聴覚、視覚情報が集約されてくるのです。さらに、記憶の集約場所である海馬からの入力によって、自分の中にある記憶と照合する処理もします。さらにウェルニッケ領域はブローカ領域と双方向性に連絡していますから、運動プログラミングとの照合もする、というわけです。)

 

  出ました。ブローカ領域とウェルニッケ領域。かつては「運動性言語中枢」と「感覚性言語中枢」だと思われていた領域です。

 

  そうなのです、ブローカ領域もウェルニッケ領域も、別に言語活動のためだけにできた場所ではなかったのです。そうではなく、「目的に方向付けられた、高度に階層構造化され順序立てられた動作」のプログラミング≒「意図 intention」をつくりだしたり、それを受け取って解釈したりするための領域だったのです。その能力を、人類は進化のプロセスの中で「言語活動」に転用した、というのが正しいのでしょう。

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  こうして、これまで見てきたように、おそらく人類の進化のプロセスの中で、「歌と音楽」、「道具をつくること、使うこと」、そして「言語活動」というものは一緒に進化してきたのです。右脳と左脳の機能局在とともに…。

 

  この後でさらに「歌と音楽」、「道具をつくること、使うこと」、そして「言語活動」における右脳と左脳の機能局在を見ていくことにします。

 

 

 

参考書

Stout D, et al.  Neural correlates of Early Stone Age toolmaking: technology, language and cognition in human evolution.  Phil. Trans. R. Soc. B (2008) 363, 1939–1949.

 

Stout D & Chaminade T.  Stone tools, language and the brain in human evolution.  Phil. Trans. R. Soc. B (2012) 367, 75–87.

 

Ardila A.  A proposed neurological interpretation of language evolution.  Behavioural Neurology Volume 2015, Article ID 872487.