心のこと…

「医科心理学」の知識を遊ぶ

進化論の話8

目的に方向付けられ階層構造化された行動の組み上げ

 

  私たち人間は、目的に方向付けられ階層構造化され、順序立てられた動きの組み合わせによる、複雑で柔軟で合目的的な動作goal-oriented actionをすることができます。(これは複雑さの程度の差こそあれ、サル以上の私たちの仲間、霊長類が持つ一種の特別な能力です。)

 

  例えば、「テーブルの上に置いてあるナッツを手にとって食べる」という複雑で柔軟で階層構造化された動作です。…こんな単純な行動のどこか「複雑で柔軟で階層構造化された」動作だと言えるのだ?!と思われるかもしれません。しかし、良く良くみると、この動作は結構複雑です;

 

例『テーブルの上に置いてあるナッツを手にとって食べる』行動プログラム

  手順;テーブルの上のナッツを視覚的に捉える

    その手順1  上体と首を回してテーブルの上にあるナッツの方向に体を向ける

    その手順2  眼球を適切に動かしてナッツを捉える

    その手順3  …あれこれ

  手順;右手を伸ばしてナッツをつまむ

    その手順1  上腕、前腕をナッツの方向に伸ばす

    その手順2  ナッツをつまむべく右手を広げる

    その手順3 …あれこれ

  手順…あれこれ

…最終的に口に入る。

 

  という具合です。手順が階層構造化されているために、途中で予想外のアクシデントが起こっても、最初からやり直す必要なく、柔軟に対応を変えることができます。例えば、ナッツに手を伸ばし始めたあたりで、誰かに「あ、ちょっと、それダメ!」と言われたら、手を止めることができるでしょう。(プログラムを止めることができず口に入れてしまう人はいないはずです。)そして「あ、ごめん、間違いだった。食べて良いよ」とすぐに言われたら、そのまま動作の続きを始めるでしょう。(プログラムを最初からやり直して、上体と首を回すところから始める人はいないはずです。)人間やサルには、これができるのです。

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  そんな馬鹿な!? 他のもっと「下等な動物」たちだって、一見すると合目的的な動作をすることができるではないか? と思われるかもしれません。

 

  例えば、カモメは自分の巣から転げ出てしまった卵を、自分のくちばしと首を使って器用に巣に戻す行動をすることが知られています。一見すると、実に合目的的な、「頭の良い」行動です。しかし、カモメの行うこの行動は、私たちがナッツをとって口に運ぶのとは、意味が全く異なるのです。

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  動物行動学 ethologyの分野では古くから「決まり切った行動パターン fixed action pattern」と、それを引き出す引き金の役割をする「リリーサー releaser」という考え方がありました。「リリーサー」と呼ばれる外界からの刺激を感じ取ると、自動的に「決まり切った行動パターン」が発現する、というものです。有名なところでは、魚などの「ナワバリ行動」があります。川魚のトゲウオのオスはお年頃になると自分のナワバリを持ちます。そして自分のナワバリに入ってきた他のオスを攻撃して追い出す行動をするのです。一見すると合目的的な行動パターンは、しかし、実際には「他のオスの腹にある赤い模様」が「リリーサー」となり、それに対して「攻撃を仕掛ける」という「決まり切った行動パターン」が発現しているだけで、魚は何も考えちゃいないのです。

(逆に、このトゲウオのオスは、自分のナワバリに年頃のメスが入ってくると、それが「リリーサー」となり、「求愛行動をする」という「決まり切った行動パターン」が発現し、それが今度はメスにとっての「リリーサー」となり、メスが「求愛行動を受け入れる」という「決まり切った行動パターン」を発現すると、めでたく「合体」ということになるわけです。これら一連の行動も、すべて「リリーサー」と「決まり切った行動パターン」による反応なのであって、魚のカップルは何も考えちゃいないのです。少なくとも、私たちが意味する「考え」という意味では。)

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  さて、カモメの「自分の巣から転げ出てしまった卵を、自分のくちばしと首を使って巣に戻す」という一見すると合目的的な行動はどうか? もうおわかりだと思います。「巣から転げ出た卵状の物体」の存在が「リリーサー」になって、「くちばしと首を使って巣に戻す」という「決まり切った行動パターン」が発現しているだけなのです。カモメは(私たちが「考える」という意味での「考える」という意味では)何も考えちゃいないのです。実際、カモメのこの行動パターンは、カモメの本物の卵よりも、より「卵状のもの」という特徴を誇張した「ニセ卵」の方が強力に、この「決まり切った行動パターン」を引き出すのです。しかも、カモメが「卵状のもの」をくちばしと首を使って巣に戻す動作をしている途中で卵を取り上げてしまっても、カモメはこの行動を止めることができず、巣に戻す行動を虚しく続けるのです。つまり、本当に何も考えちゃいないのです。一見すると、合目的的だっただけなのです。

 

  実は、人間やサル以外のほとんどの動物たちの「一見すると合目的的な一連の行動」は、実際には「目的に方向付けられて階層構造化され順序立てられた動作」などではなく、ほとんど全てが「リリーサー」と「決まり切った行動パターン」の連鎖反応によるものだったのです。

 

  こうしてみると、いかに人間やサルは一種の特殊な能力を持っているか、ということがおわかりかと思います。そして、この特殊な能力(目的に方向付けられた階層構造化された運動プログラミング)をつくりだしているのは、大脳皮質の前頭葉にある「二次運動野」、特にその下の方で頭頂葉との境目付近にある、人間でいうと「ブローカ領域」(サルでいうとF5領域)なのです。

 

 

 

参考書

Shettleworth SJ.  Cognition, Evolution, and Behavior.