心のこと…

「医科心理学」の知識を遊ぶ

進化論の話6

   人類にとっての声、歌、音楽というものをもう少し考えてみます。

 

  人間は複雑な発声装置(声帯・喉頭から口腔内の構造、呼吸関連の筋肉、そしてこれらを精密に動かす神経)を発達させて、「声」を意図的に操作することで、そこに自分の気持ちを表現することができるようになりました。(おそらく、こうした何かを意図的に操作することで、自分の思った何かを形にしていく、という行動は人類の祖先が道具をつくり使うことで発達させてきた能力だったのでしょう。)「声」に自分の気持ちが乗るようになる。 ここにおいて、人間にとって「声」は自分の延長であり、自分そのものになってきます。

 

  そう、たとえ歌詞を持たないハミングのような簡単な「歌」ではあっても、私たちが声を使って自分の内側にあるものを外側に形にしようとすること、こうしてつくられたものに何らかの気持ちや意図といった意味を持たせようとすることは、「道具をつくること」という行動とどこか似てているところがあります。

 

  この時、脳の中では何が起こっているのか? 「声」あるいはもっというと「音楽」というものに対して、私たちの脳はどのように反応しているのか?

 

  実は、「声」にも「音楽」にもそれを構成する要素があります。「音階・音調」と「リズム」です。 どういうわけか、「音階・音調」と「リズム」は脳の中で別々に分析されてゆき、「音階・音調」は右の二次聴覚野とそれに隣接する前頭葉(運動をプログラミングする部分)、「リズム」は左の二次聴覚野とそれに隣接する前頭葉の部分で、それぞれ情報処理されるのです。

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    私たち人間の感情的なものは、音楽で言えば「リズム」よりも「音階・音調」に、喋る言葉で言えば「単語の内容」よりも「声の調子(トーン)」により表現されるところがあります。そっちは、主には右脳で処理されるのです。一方で、音楽で言えば「リズム」という要素は(そして言葉で言うと単語やその配列・組み合わせは)左脳で処理されます。

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  いったいなんでそうなってしまったのでしょう? 

 

  ここから先は推論・想像の世界です。 私たち人類の祖先が声を使ってコミュニケーションをする能力を発展させていた頃、同時に手を使って道具をつくり使う能力も発展させていたと見られます。 手を使って道具をつくったり使ったりすることには、右手も左手も使います。 しかも、右手には右手の役割が、左手には左手の役割があります。

  

 例えば、普通にごはんを食べることを想像してください。多くの右利きの人は、右手で箸を持ち、左手で椀を持ちます。右手はリズミカルに細かい動きをしますし、左手は全体の流れをつくります。 あるいは、木材に金づちで釘を打ち込むことを想像してください。左手で釘を持ち、右手はリズミカルに金づちを叩き下ろすことでしょう。彫刻刀を使って彫刻をする時も同様です。そして、原始人が素材の石を左手でおさえ、ハンマーとなる石を右手で持って石器をつくるのも同様だったでしょう。だいたい、いつもこんな感じで役割が分業しているのです。

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  これは当然と言えば当然です。こうした運動スキルというのはしっかり身につくまで、長い時間をかけて、何度も練習して、身体が覚えこむ必要がありますから、「右手はいつでもこの役割」「左手はいつもこの役割」というように特化して覚えていったほうが効率良いのです。 それで、多くの人(右利きの人)にとっては、右手はリズミカルに細かいつくりこみをする役割であり、左手は全体の大きな流れ(文脈)をつくる役割に特化していくわけです。すると、右手を優位に支配する左脳はリズミカルに細かいつくりこみをする能力に強くなり、左手を優位に支配する右脳は全体の流れ(文脈)をつくる能力に強くなっていくようにできているのではないか?と思えてきます。

 

 さて、もう何が言いたいのかお分かりになってきたと思います。そうです、道具をつくり使うことのために発達してきたこの右脳と左脳の能力を、「声」や「歌」をつくり使うことにも応用したのだろう、ということです。 もともとリズミカルで細かいつくりこみが得意な左脳が「声」や「歌」のリズム的な要素を、もともと全体の流れをつかむのが得意な右脳が「声」や「歌」の音階・音調で表現される感情的な要素を、それぞれ分業して処理するようになったのだろう…と想像されるのです。

(この右脳と左脳の分業の話は、このあと「言葉」の能力のところで、さらに詳しくもう一度見直していくことになります。)

 

 

参考書

Jimb CJ.  Structural and functional neural correlates of music perception.  THE ANATOMICAL RECORD PART A 288A:435–446 (2006)

 

Wildgruber D, et al.  Cerebral processing of emotional prosody: a network model based on fMRI studies.

 

Fitch WT & Martins MD.  Hierarchical processing in music, language, and action: Lashley revisited.  Ann. N.Y. Acad. Sci. 1316 (2014) 87–104.

 

Morley I.  A multi-disciplinary approach to the origins of music: perspectives from anthropology, archaeology, cognition and behaviour.  Journal of Anthropological Sciences Vol. 92 (2014), pp. 147-177.