心のこと…

「医科心理学」の知識を遊ぶ

進化論の話5

  サルたちが群れのメンバー同士の絆を育むためにしている「毛づくろい grooming」。そこから発展したであろう、一緒にハミングのような声を上げること(≒歌を歌うこと)。 こうしたことが可能になるように脳が発達し、声を出すための身体の仕組みが発達し、その結果として大きな(個体数150〜200くらいの)群れをつくり維持することができるようになってきた。しかし、私たち人類の直接の祖先である「アフリカのイブ」が20万年前くらいに現れる直前までは、私たちの祖先がネアンデルタール人と枝分かれする頃はまだ、ハミングのような「歌」はあっても、考えを伝える道具である「言葉」はまだなかったのだろうと考えられています。

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  いったい、どうしてそんなことがわかるのか?

 

  実は、言葉を喋るためには、かなり複雑で精密な身体の動きが必要です。「言葉」でも「歌」でもない、人間以外の動物たちが普通に作り出している「鳴き声」は、そのほとんどが呼吸にして一息で終わってしまう、きわめて単純な音です。いくつもの複雑な周波数の組み合わせの声を、しかも時間的に変化させて出すには、複雑な動きをすることができる声門と喉頭、そして呼吸をおこなう筋肉を支配する神経の細かさが必要です。人間以外のサルたちには、そもそもここが欠けているので、歌を歌うこともできませんし、ましてや言葉を操ることなどもできないのです。

 

  それどころか、人類の祖先が生きていた頃の化石になっているサル人間の骨格を調べていくと、その骨格を通る神経の走行などから、ある程度長い時間強弱のある精密な呼吸をコントロールして声を出すこと(≒音階とリズムからなる歌らしきものを歌うこと)ができるようになったのは、せいぜいネアンデルタール人の頃からなのです。それ以前のサル人間たちは、二足歩行をすることもでき、大脳皮質はだいぶ大きくなり、道具を使うことさえできていたにもかかわらず、歌や言葉どころか、おそらく複雑な声を出すことさえ、解剖学的にできなかったのだろうと見られているのです。

 

  では、ネアンデルタール人はどうだったのか? ネアンデルタール人の化石を詳細に分析してみると、「言葉」をつくりだすのに必要な声門・喉頭から口腔内までの構造が未発達すぎて(垂直部分よりも水平部分が長すぎて)、これではハミングのような歌を歌うことはできても、複雑な「言葉」は作れなかったであろうと考えられるのです。

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  人間の子どもの成長・発達において、「音楽」に対する反応は「言葉」よりも早く始まります。実際、赤ちゃんに話しかける母親はきまって「歌を歌うような」独特の音階とリズムをつけて話しかけがちなことが良く知られています。ということは、人間の進化の過程で、おそらく「音楽」の能力は「言葉」の能力の獲得よりも早かったのだろうと思えます。

 

  たとえ「言葉」(歌詞)のない、ハミングのような歌でも、そこには音階・音調とリズムがあります。そして、主には音階・音調によって喜怒哀楽のような全般的な感情を伝えることができることも良く知られています。音階・音調が全体の流れとしての感情的なものを伝え、リズムがまた別の意味合いを伝える。(面白いことに、「音楽」においては、音階・音調は右脳で、リズムは左脳でそれぞれ処理されます。これは、あとでやりますが、「言葉」において感情を表現する声のトーンや文脈などの全体の流れを右脳がつくり、個々の細かい作りこみである単語の配列を左脳がつくる、というのと似ています。この点からも、音楽と言語は起源が同じだったのだろう、と推定されるわけです。なぜ右脳と左脳で機能が分かれることになったのか?という疑問は、道具をつくることと使うことに関連して、言語能力の獲得のところで考えていきます。)

 

  …こうして、おそらくネアンデルタール人やそれと同時代くらいの私たち人類の祖先は、仲間同士で一緒に歌い踊ることで、仲間の絆を深め、より強く大きな群れ(社会)をつくり維持していくことができるようになったのでしょう。それはおそらく、言葉などなくても、死んだ仲間を丁寧に弔うことをするくらいには、仲間同士の絆と思いやりの強い、割としっかりした社会だったのではないか?とさえ思えるのです。

 

 

 

参考書

Lieberman P & McCarthy R. Tracking the evolution of language and speech. Expedition, 49: 15-20.

 

 Morley I. A multi-disciplinary approach to the origins of music: perspectives from anthropology, archaeology, cognition and behaviour. Journal of Anthropological Sciences Vol. 92 (2014), pp. 147-177.