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心のこと…

「医科心理学」の知識を遊ぶ

進化論の話3

  現在の人類に直接つながる(遺伝子的にもおそらくほとんど同じの)人類の祖先は、女性については約20万年前〜15万年前の「アフリカのイブ」まで共通の祖先を遡ることができますし、男性については約5万年前〜6万年前の「アフリカのアダム」まで共通の祖先を遡ることができます。

 

もちろん、「アフリカのイブ」が地上に降り立った約20万年前〜15万年前のには、そのイブの夫もいたでしょうから、(その子孫から生き残った男の子遺伝子は最終的に5〜6万年前の「アダム」たった一人だとしても)現在の人類とほぼ同じ遺伝子を持った人類は少なくとも約20万年前〜15万年前には「アフリカのイブ」夫婦として存在していたはずです。

 

  では、それ以前の人類の祖先はどんなだったと考えられているのか?

 

  人類の遠い遠い祖先は、木の上で暮らす猿のような動物だったと考えられています。それが森からサバンナの生活に移行していく中で、彼らの生活の場は木の上から地上になりました。

  木の上と違い、地上では背の低い草が生い茂っているために、おそらく後ろ足2本で立ち上がったほうが獲物も敵もみつけやすく、生存競争上の利点があったのだろうと考えられ、そんなわけで地上に降り立った猿の一部は次第に二足歩行を得意とするものが進化してきたのだろうと考えられるのです。

 

  そうなってくると、四つ足歩行では脳が大きくなりすぎるとバランスが悪くなるという制約のために脳がある程度以上大きくなることは難しかったのですが、二足歩行をすることで、頭が首の真上に乗るようになるために、脳の大きさによるバランスの問題から解放されることになります。

 

  猿は群(社会)をつくって共同生活をすることのメリットで進歩してきたところがあるのですが、猿独特の複雑で柔軟性のある群社会を大きくするのに必要なだけ脳が大きく発達する必要があったのです。二足歩行をすることで脳の重さの制約がなくなったために、人類の遠い遠い祖先は、思う存分(?)脳を大きくすることができるようになったのです。

 

  脳が大きくなってきたことで、可能になったことが大きく3つあります。もともと木の上での生活に必要だったために器用に発達していた前足(=手)を使って道具を作り使っていく能力の獲得。大きくなった群社会を維持するために発達してきたコミュニケーション能力。その2つをもとに発達してきた言語能力と自意識を持つ能力です。

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  時代でいうと、約400万年前〜200万年前とされるアウストラロピテクスの頃には二足歩行が完成していました。約200万年前〜150万年前のホモ・ハビリスの頃に道具を作り使用することが本格的に始まったと見られています。35万年くらい前のネアンデルタール人の頃は、声による感情の表現や歌などはあったのだろうと見られていますが、本格的な言語が獲得されるのは、おそらく「アフリカのイブ」つまり現代人類の直接の祖先くらいからだろうと見られています。

 

  ここに一体どういう意味があるのか?

  人類にとって「道具を作り使うこと」と「言葉を作り使うこと」、そして「自分という意識」(≒何らかの意志・意図・意識というものを持つ他人という存在の意識)はどのように発展し今のような形に獲得されてきたのか?

  そこから「言葉とは?」「意識とは?」ということを考えていきたいと思います。

 

 

参考書

Robin Dunbar   Evolutionary Psychology