心のこと…

「医科心理学」の知識を遊ぶ

はじめに…。

  以前から何度かやろうと思って挫折してきたことがありました。

 

  精神医学の背景にある医学的心理学(医科心理学…とでも呼ぶのでしょうか)のまとめをつくってみることです。

 

  内科や外科など普通の医学の背景には、人の身体の正常な構造を知る学問(解剖学 anatomy)や正常な機能を知る学問(生理学 physiology)があり、その上に異常・病的な構造や機能の変化を知る学問(病理学 pathologyと病態生理学 pathophysiology)があるわけです。

 

  では、同じようなことが精神医学においてあるか?というと…。 今から四半世紀も前、まだ私たちが医学生をやっていた頃には、当時の「心理学 psychology」は、とてもとても、そのようなものではありませんでした。 そもそも、その当時の「心理学」は科学や医学の体をなしていなかったのです。 本当は、精神医学の背景には、人の心の正常な状態の構造や機能を知る学問(心理学)や病的な状態の構造や機能を知る学問(病態心理学)が必要であったろうに、です。

 

  当時、医学生だった私には、このことは少しも問題ではありませんでした。 というのも、そもそも精神医学にはあまり興味がなく、そのどこか非科学的な雰囲気もどうでもいいと思っていたのです。

 

  でも、あれから四半世紀も経ち、私自身が精神科医になってあれこれ見ていくうちに、この分野は猛烈に進歩していました。 特に遺伝子などの分子生物学、神経科学 neuroscience(日本ではなぜか「脳科学」と一般に言われているもの)などの進歩が著しく、それまでほとんどよくわかっていなかった「心」の働きがかなりよくわかるようになってきたのです。 そして、これまで当たり前だと思われていたことが実はそうではなかったこともたくさんわかってきました。

 

  もはや一般的な医学教育に医療者向けの心理学(これを仮に医科心理学 medical psychology と呼ぶことにします)が必修の基礎医学として含まれていないことはオカシイだろう、というくらいにまで進歩してきました。

 

  そんなわけで、私の頭の中にはこの四半世紀の間に雑多に取り入れてきた「医科心理学」の知識が、あまり整理整頓されずに、ほとんどばらばらに散らばっています。 一度ちゃんと整理しなくちゃいけないと思ってきました。

 

  こうしたことを整理するには、誰かに語りかけるように、教えるように話すことが割と効果的であることを、私はそれまでの経験から知っていました。 そこで、ここでは(医者はあれこれたくさんの論文を自分で調べていけばいいので)医者ではないけれどもこの分野に多少ともの関心がある人、専門家になろうとする人を想定して、「医科心理学」の話をしていこうと思っています。

 

  どこから始めようか…。 かなり迷いました。 やはり神経科学(脳科学) neuroscienceの基本である神経細胞ニューロン neuron)とシナプスsynapseの話から始めるべきだろうか? 神経系の解剖学・発生学からにすべきだろうか? 主には大脳皮質での情報処理の仕方の話からにすべきだろうか? 進化論的な話(進化心理学)からにすべきだろうか?

  …結局、どこから始めても難しいのです。 理系の学問はどれも同じですが、全体像がわからないと個々の意味がわりませんし、個々の意味がわからないと全体像が意味をなさないのです。 このため、何度もなんども同じところに戻ってきて、段階的に理解を深めていくしかないのです。

  そう考えると、どこから始めても同じであるし、結局何度もなんども同じ話に立ち戻ることになるでしょうから、どこから始めても良いのでしょう。

 

  そこで、まずはとっつきやすいであろう進化心理学 evolutionary psychology、いわゆる進化論から始めてみることにします。