心のこと…

「医科心理学」の知識を遊ぶ

好意と意地悪 1

  これまでお話ししてきた進化論の基本は適者生存でした。 動物たちはみんな自分が生存競争を生き残り子孫を増やす可能性が最大になるように進化してきたのですし、それだけが唯一の原理でした。 つまり、動物やちは基本的にみんな極めて利己的 selfishな行動をするものだと考えてきました。

  そのうえ、動物たちには基本的に2つのモードしか存在せず、それは自分の持つ時間と労力を(1)自分の体を成長・維持・強化することと、(2)子づくり・子育てに費やすこと、だけのはずでした。

 

  ところが…

 

  いろいろな動物たちの行動をよく見てみると、動物たちには一見するとその例外のような行動をすることがあります。 その一つが「利他行動(愛他行動)altruism」であり、もう一つが「意地悪 spite」です。

 

  ここで用語の定義ですが、「利他行動(愛他行動) altruism」とは、自分の時間と労力を使って、自分以外の他者の利益になるようなこと(他者の体の成長・維持・強化を手助けすることや、他者の子づくり・子育てを手助けすること)をすることです。 一方の「意地悪 spite」は自分の時間と労力を使って他者の利益を害するようなことをすることです。 どちらも、「動物たちは、基本的に(1)自分の体を成長・維持・強化することと、(2)子づくり・子育てに費やすこと、の2つのモードしかない」という原則に一見すると一致していないように見えます。 それに、どちらも進化論の基本原則である「自分が生存競争を生き残り子孫を増やす可能性が最大限になるように」行動しているだけ、という理屈にも反している気がします。 

 

  これは、いったい…?

 

  問題は進化論が言うところの「適者生存」の「適者」とは誰のことなのか?ということです。 これは決して動物の個体そのものを意味していないのです。 そうではなく、遺伝子DNAの特定の配列を意味しているだけです。遺伝子DNAの特定の配列は、動物たちの行動の特定の行動パターンをつくりだします。 その結果としてその行動パターンをコードする遺伝子が生き残り、増えてさえ行けばいいのです。 極端な話、その結果として遺伝子DNAの持ち主である動物の個体そのものが酷い目にあおうが、死んでしまおうが、関係ないのです。

 

  例えば、よく知られた利他行動(愛他行動)の一つとして、ハチの「働き蜂」の行動があります。 ハチの社会は子どもをどんどんつくる「女王蜂」と、その女王蜂を支える子どもを産まないメスの「働き蜂」によって成り立っています。 「働き蜂」たちは、自分の時間と労力のほとんどすべてを、女王蜂のために使います。 働き蜂たちは、自分の子孫をつくることを一切放棄して、女王蜂のためだけに滅私奉公しているのです。 究極の利他行動(愛他行動)です。

  これは、上記の動物の行動の原則に反しているのではないか?とさえ見えます。

  ところが、実際にはそうでもないのです。 ハチの世界では、女王蜂がすべての働き蜂の親です。 ということは、女王蜂がどんどん子どもをつくるとき、働き蜂にとっては自分とかなり遺伝子的に共通した、普通の意味での「きょうだい」よりももっと遺伝子的に近い、自分の分身のような「きょうだい」を与えて貰えることになるのです。 このため、働き蜂にとっては、自分が子どもをつくらなくても、女王蜂が代わりにどんどんつくってくれているようなものなので、女王蜂の子づくり・子育てを支援しているだけで、自分が子づくり・子育てをしているのとほぼ同じ効果が、遺伝子的には、得られるわけです。

 

  このように、遺伝子的につながりのある他者を助けてあげることによって、自分と共通する遺伝子が生き残り、増えていくのに寄与することになる、という形での「利他行動(愛他行動)」は動物界には極めて普通に見られるものです。

  一般論として、遺伝子的につながりのある(共通した遺伝子を持つ)他者が得られる利益をB、その他者のために自分が費やす時間と労力といったコストの合計をC、そして自分とその相手との遺伝子的な共通割合をrとすると、

 

rB>C

 

という条件さえ成り立っていれば、この行動パターンは(そして、この行動パターンをコードする遺伝子DNAの配列は)生き残ることになります。(ハミルトンの法則)

 

  そんな「利他行動(愛他行動)」について、この後でもう少し見ていきます。

 

 

 

参考書

Davies NB, et al.  An Introduction to Behavioral Ecology

 

百田 尚樹『風の中のマリア』

こぼれ話;男はやっぱりボンッキュッボンが好き

  これまでの配偶者選択の話は、基本的に女性が男性を選ぶ話ばかりでした。 それもそのはず、配偶者選択においては生き物的に「親投資 parent investment」が大きくならざるを得ない女性の方が圧倒的に厳しい目で配偶者を選ぼうとするからです。

 

  とはいえ、男性はまるっきり選ぼうとしない、ということもないのです。

 

  では、男性はどんな基準で女性を選ぶのか? よく知られたところでは、いわゆるボンッキュッボンのナイスバディをした女性が好きだ、というものがあります。 つまり、胸がボンと大きくとびだしていて、腰がキュッとくびれていて、お尻から太ももが大きく張り出している、という身体的特徴です。

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  実際に、多くの男性を集めて女性の身体つきから性的魅力を評価してもらうと、BMI(太り具合、痩せ具合の指標)が20くらい、つまり太ってもいないし、痩せてもいない、普通の体型であり、なおかつボンッキュッボンという体型をしているのを「性的に魅力的だ」と感じることが、幾つもの調査・研究で繰り返し示されています。

(太り具合、痩せ具合をBMIで表現するとだいたお20くらい。腰のくびれ度をWHR=ウェスト/ヒップ比で表現するとだいたい0.70くらい、つまり太りすぎず、痩せすぎず、健康的に腰がくびれている女性を多くの男性は好む、という結果になります。)

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  いったいなぜなのか?

 

  ここにもちゃんと理由があります。 例によって進化論の話ですから、男性たちは何か意識的な理由にもとづいてこうしたナイスバディな女性を好むのではないのです。 たまたま遺伝子的に、そういう好みを行動パターンとして生まれ持ってきた男性たちが、結果的に多くの子孫を残し、その遺伝子がメインストリームになった、というだけなのです。 そして、その理由とは、ボンッキュッボンのナイスバディな女性たちは、そうでない女性たちに比較して、女性ホルモンがむんむんで、それゆえ心身ともに健康であり、妊娠しやすく、しかも頭の良い子どもを産む可能性が高い、ということのようなのです。

 

  なんじゃ、そりゃ。 本当かいな…と思ってしまいます。

 

  でも、どうやら本当なのです。 試しにボンッキュッボンのナイスバディをしている女性たちと、そうでもない女性たちを集めて唾液中の女性ホルモンのレベルを測定してみます。 すると、確かにボンッキュッボンのナイスバディな女性たちの方が女性ホルモンが高い傾向があることがわかります。

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  これをもとに計算すると、実に3倍くらいの確率でボンッキュッボンの女性たちの方が妊娠しやすいことになるのです。 そりゃ、そういう女性を好きな男性が子孫を増やすわけです。

 

  さらに、女性の皮下脂肪には子どもがお腹の中にいるときに脳をつくるのに大切な脂肪が蓄積されていること、特にお尻から太ももにかけてメインに蓄積されていることが知られています。 ということは、腰はキュッとくびれているのに、お尻から太ももはしっかりと太っている女性というのは、脳の発達の良い、頭の良い子を産むのではないか? などという嘘くさい説を確認してみると…。

  本当でした。 確かに腰がキュッとくびれているのにお尻が大きい女性たち(WHRが小さい女性たち)は、そうでない女性たちよりも頭の良い子を産む傾向があったのです。

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  ついでに、女性たち自身も頭の良い傾向がありました。

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  なんとね。 「カラダが良い」だけじゃなかったのですね。

 

 

参考書

 Krzysztof Koscinski.  Assessment of Waist-to-Hip Ratio Attractiveness in Women: AnAnthropometric Analysis of Digital Silhouettes.  Arch Sex Behav(2014) 43:989–997.

 

Jasienska G, et al.  Large breasts and narrow waists indicate high reproductive potential in women.  Proc. R. Soc. Lond. B (2004) 271, 1213–1217.

 

Lassek WD & Gaulin SJC.  Waist-hip ratio and cognitive ability: is gluteofemoral fat a privileged store of neurodevelopmental resources?  Evolution and Human Behavior 29 (2008) 26–34.

 

 

 

  

こぼれ話;ペニスの大きさは男性の性的魅力とは無関係?

  世の中に、これほど馬鹿馬鹿しく、しかしこれほど未解決な問題もそうそうないでしょう。 女性にとって(性的対象としての)男性の魅力にペニスの大きさは無関係かどうか?

 

  実際、学問的な調査・研究はさんざん行われていますが、なかなか決着がつかないのです。 まず、女性たちを対象にした普通のアンケート調査の結果は、「ペニスの大きさなんて関係ない」という結果が出ることが多いのですが、ことこういったデリケートな分野では意識的な回答を求めるアンケート方式はほとんど信用できないことがわかっています。 人は「社会的に好ましい」回答しかしようとしないからです。

 

    そこでMautz先生たちは、コンピュータで作成した3Dの男性モデルを等身大になるようにプロジェクターで映し出し、男性モデルの「身長」「肩幅」(この2つは男性の性的魅力に大きく関係していることがすでにわかっています)、そして「ペニスの大きさ(勃起時ではなく平時のもの)」を変えて、女性たちにその「性的魅力」を採点してもらうことにしました。

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  その結果、意外といえば意外なことに、女性たちはやはり微妙に大きいペニスを好む傾向があること、それは身長の高い男性に対してより顕著に見られること、が示されたのでした。しかも、対象者がガイジンということを考えても、(勃起時ではなく)平時のペニスの大きさ(長さ)が13cmよりもさらに大きい方がより魅力的だとなるような曲線を描いているじゃないですか。 これは平均+2SD以上の大きさで、ちょっと大きいものを求めすぎでしょう。

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(とはいえ、この「ペニスの大きさ」というパラメータが「性的魅力」に寄与する率は、「肩幅」に比べると全然少ないことも示されています。 まあ、普段は見えない場所ですしね。)

  つまり、身長の小さい男性は、もうそれだけで性的魅力が乏しいとされ、もうそれだけでペニスが大きかろうが小さかろうが、あまり関係なくなってしまうのです。 それに対して、身長の大きい男性は、そのうえさらにペニスが大きいとより魅力的に映る(逆に言うと、身長は大きいのにペニスが小さいと、その落差のがっかり感がかなり大きい)…ということだったのです。

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  だから何だっていうのだ!? と言われちゃいそうです。

 

  ですが、これは進化論的に見るとなかなか面白いことではあります。 つまり、私たち人類の祖先は、道具を使ったり衣服を着るようになる随分前から二足歩行をしており、お腹も、下腹部も、男性のペニスも正面から丸見えの状態で歩いていたはずです。 これが性的なシグナルにならないわけがないだろう、と予測されます。 ということは、シオマネキ蟹のオスのハサミが無駄に大きくなったように、人類の祖先の猿人間たちのオスのペニスも無駄に大きくなったのかもしれない、と思えてきます。

  以前に、「女性による密かな配偶者選択」への対抗策として、男性はペニスを大きくし、先っぽを太くし、セックスの時間を必要以上に長くすることで「かき出しポンプ」の能力を高めたのだろう、そのために人類の男性のペニスは無駄に大きくなったのかもしれない、という議論をしました。 それだけではなかったのかもしれない、という話です。

 

  そして、性的魅力にペニスの大きさが実際に関係してしまうという事実があるからこそ(せっかくイケメンで背も高いのに、脱いだら残念でした、と女性に思われるのはショックでしょうから)、男性たちはこんなにもペニスの大きさを不安になって気にしてしまうのでしょう。遺伝子の生き残りがかかっているのだから、まあまあもっともです。 (とはいえ、性的魅力への寄与率からいえば、肩幅の方がずっと大切なんですけどね…。)

 

 

 

参考書

Mautz BS, et al.  Penis size interacts with body shape and height to influence male attractiveness.  PNAS | April 23, 2013 | vol. 110 | no. 17 | 6925–6930.

子殺しと利己的な遺伝子 3

  「親投資 parent investment」に関連したもう一つのダークサイドは、「障害児殺し」です。 もうちょっとちゃんとした言い方をすると、親は自分の子どもに障害があることや、何らかの意味で健康ではないことを嫌い、愛することが難しくなってしまう、という問題です。

 

  これも、実は動物界では非常に良くあることです。 実際、多くの鳥たちはより元気な子どもを生かし、元気ではない子を「間引き」することが知られています。 つまり、こういうことです。 鳥たちは一度にいくつもの卵を産み、何羽ものヒナがかえります。 鳥の親たちは、ヒナたちの中でも一番元気の良いもの(一番元気に、けたたましく鳴いて食べ物をねだるもの)から、順番に餌を与える習性があります。 ということは、一番元気のないヒナは食べ物にありつけるのは一番最後になります。 たまたま食べ物がたくさんとれる、親にとって生活に余裕がある時は良いのです。 親がとってこれる食べ物が少なく、生活が苦しくなるとどうなるでしょう? 当然、元気のないヒナから順番に死んでいくことになるのです。 しかし、親鳥が一番元気の良いヒナから優先的に餌を与えるというこの行動パターンによって、こうした時期でもちゃんと一番生存確率の高いヒナ(一番健康的で元気なヒナ)が一番生き残れるようになっているのです。 生まれつき病弱なヒナや障害のあるヒナ、元気のないヒナは最初から親鳥に「愛されず」、殺されてしまうわけです。

 

  私たち人間的な観点からすると、一見すると非道い話のようにも見えますが、これはこれで、親鳥が自分の遺伝子を残していくために最適なやり方ではあるのです。 誰にも親鳥を責めることなどできません。

 

  では、私たち人間ではどうなのか?

 

  そうなのです。 鳥たちと同じなのです。 統計をとると、障害を持って生まれてきた子は健康に生まれてきた子に比べて子殺し infanticideの犠牲になるリスクが高いこと、こうした傾向は社会保障がしっかりしていないために、現実的に親が障害児を育てていくことが極めて困難であったり、極めて高額なお金を必要としたりする国や地域ではなおさら強まることも知られています。 一見すると非道い話のように思えるかもしれませんが、親にとっては障害のある子はとんでもなくお金がかかる(高い「親投資」を必要とする)のに、遺伝子的には(おそらく子孫をつくることはないであろう、という意味で)行き止まり genetic deadendです。 生活に十分な余裕のある暮らしをしている親ならまだしても、生活に余裕のない人たちにとって、障害のある子を育てていくだけの愛情と意思を持ち続けることは大変に困難であろうと思えるのです。

 

  例えば、わかりやすいところでよく知られた「ダウン症=トリソミー21」があります。

  Juian-Reynier 先生たちがフランスで行った1984年~1990年までにダウン症で生まれた子がどうなったかの追跡調査があります。 その結果を見ると、生後1年の追跡調査の間に43%ものダウン症の子どもたちがすでに死んでいました。 その内訳として、27%は妊娠中絶(出生前の子殺し)であり、生後1年の間に約6%もの子どもが「子殺し」を含む「病気以外の死」でした。(統計上「原因不明の死」とか「乳児突然死」とされていますが、相当に「子殺し」である可能性は高いと思われます。) そのうえ、生き残った子たちも12%が親からは捨てられ養子登録されていたのです。

  今ではダウン症については出生前診断があります。 これを普通に受けることができるイギリスでは、たまたま検査を受けることができなくてダウン症の子どもが生まれた親や、検査の結果では陰性だったのに生まれてみたらダウン症だった子どもの親は、子育てストレスを感じやすく、子どもに対しても怒りを持ち、医療従事者や社会に対しても怒り、他罰的な態度をとりがちなことが知られています。 つまり、自分の子どもに障害があることを、ひどく嫌がり、憎んでしまうのです。

 

  一見すると非道い話です。 しかし、鳥たちの話と同じように、おそらく誰も、こうした親を責めることなどできないはずです。 障害のある子には罪はありません。 しかし障害がある子を憎んでしまう人にも罪はないのです。 私たち人間は、障害を、そして障害のある人を比較的愛せないようにできているのです。 それを罪というのであれば、これはもう原罪としか言いようのないものでしょう。

 

 

参考書:

Dunber R, Barret L, Lycett J.  Evolutionary Psychology.

 

Juian-Reynier C, et al.  Attitudes towards Down's syndrome: follow up
of a cohort of 280 cases.  J Med Genet 1995;32:597-599.

 

Hall S, et al.  Psychological consequences for parents of false negative
results on prenatal screening for Down’s syndrome:
retrospective interview study.  BMJ 2000;320:407–12.

 

 

 

子殺しと利己的な遺伝子 2

   継父stepfather(≒子どもの母親にとっての新しい性的パートナー)による子殺しの問題は、実はライオンに限らず、動物界では広く見られる現象です。 私たち人類に近い猿たちにも見られます。 ライオンのオスによる子殺しの話をしたところでお話ししたように、一見するとこの非道い行動には、自分の遺伝子を残すための非常に適応的な意味があるのでした。

 

  では、猿の一種である人間はどうか?

 

  おそらくこれが遺伝子的にプログラムされた行動パターンであることの反映として、実は「継父(法律的には結婚していない「連れ子の母親の新しい性的パートナー」をも含む)」による連れ子殺しは世界中の民族・部族に見られる現象です。

 

  さすがに、連れ子殺しが「殺人罪」になってしまう先進諸国では連れ子殺しは表立って行われることは稀です。 そうではあっても「虐待死」という形で(しかも、継父にとっては「虐待」ではなく「しつけ」だとしてなされる暴力がほとんどです)継父による連れ子殺しは(生物学的・遺伝子的な本当の父親による子殺しに比較して)非常に多いことが知られています。

 

  例えば、Daly先生とWilson先生は、幾つもの大規模で詳細な調査・研究を行い、世界中のいたるところで、生物学的・遺伝子的な本当の父親に比較して、「継父」による子殺しは発生頻度が圧倒的に多いことを示しています。 しかも、継父が法律的には認められた、社会的な責任もある「父親」になっている(正式に結婚している)場合に比べて、結婚をしていないただの「母親の新しい性的パートナー」(連れ子の母親の恋人)である場合は、そのリスクはさらに圧倒的に高まります。

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  どうりで、非常にしばしば「母親の恋人による連れ子殺し」「虐待死」のニュースを目にするわけです。

  非道い話です。 しかし、これもライオンなど動物たちの例を考えれば、ありえない話ではないのです。 連れ子殺しをする男性の立場からすると、自分の遺伝子を受け継いでいるわけでもない、どこの馬の骨ともしらない男性の遺伝子を受け継いでいる子どもの養育に、自分の大切な時間と労力(「親投資 parent investment」)を使うわけにはいかないのです。 特に社会経済的地位が低く、余裕のない男性にとっては、です。

  このため、逆に言うと、連れ子がいながら遺伝子的に無関係な男性を新たなパートナーにする母親の女性には、よっぽどの覚悟が必要だということになります。

 

  そんな、子どもの虐待死なんて、そもそも発生頻度が極端に低いではないか? そんなに目くじらをたてることではないのではないか? と思う人もいるかもしれません。

 

  しかし、上記のDaly & Wilsonのデータは「虐待死」です。 虐待がいきすぎて死亡させてしまったケースです。 おそらく、それよりも圧倒的に多くの子どもが、死なないまでも虐待をうけているでしょう。 そして、それよりも圧倒的に多くの子どもが「虐待」とまではいかない不幸な目にあっているでしょう。 そして、それよりも圧倒的に多くの子どもが、十分な愛情を受けることができず、十分なケアを受けず、十分に守ってもらえず、十分なお金をかけてもらえずにいるはずです。 

 

  実際、オーストラリアの国民データを使った調査・研究で、Tooleya先生たちは、生物学的・遺伝子的に本当の両親と暮らしている子どもや、片親になってしまった子どもに比べて、母親が「継父」と一緒に暮らしている家族では、連れ子は非常に高い確率で「不慮の事故(水の事故など)」によって死んでいることが示されているのです。 そのリスクは実に2〜15倍だと見積もられています。

 

   こういうのを、(継母にいじめられるシンデレラに例えて)「シンデレラ効果 Cinderella Effect」と言います。 そんな言葉が普通に存在するくらい、この業界ではよく知られた当たり前の現象なのです。

 

  よく連れ子たちは、母親の再婚を嫌います。 子どもたちの反対にもかかわらず再婚した母親のことを、「あの人は子どもよりも男を選んだ。自分が母親であることよりも、女であることを選んだ!」といって責めるのをよく聞きます。 不幸な目にあう確率が高い連れ子としては、非常にもっともな反応ではあるのです。

 

 

参考書

Daly M & Wilson M.  Discriminative parental solicitude : a biological perspective.  Journal of Marriage and Family, 1980; 42: 277-288.

 

Daly M & Wilson M.  An assessment of some proposed exceptions to the phenomenon of nepotistic discrimination against stepchildren.  Ann Zool Fennici, 2001; 38: 281-296.

 

Tooleya GA, Karakisa M, Stokesa M, Ozanne-Smith J.  Generalising the Cinderella Effect to unintentional childhood fatalities.  Evolution and Human Behavior 27 (2006) 224–230.

 

 

 

 

子殺しと利己的な遺伝子 1

 引き続き「親投資 parent investment」の話です。 動物たちには、自分の持つ時間とエネルギーを(1)自分自身の身体を維持・強化・成長させるために使うか、(2)子づくり/子育てに使うか、のどちらかのモードしかない、ということはこれまでに何度も繰り返しお話ししてきました。 そのうち後者、(2)の方を生物学の分野では広く「親投資 parent investment」と言うのでした。 その「親投資」の中でも、「子づくり」ではなく「子育て」にのみ、狭義の「親投資」にのみ、今回は焦点を当ててみます。

 

 基本的に動物たちの行動パターンのほとんどは遺伝子によってコードされています。 これまで見てきたように、女性がなぜかイケメンを配偶者選択することも、男性がなぜかボンッキュッボンのナイスバディな女性を配偶者選択することも、女性も男性も浮気EPCをしようとすることも、それを防ごうとすることも、親が女の子ではなく男の子にお金をかけて育てようとすることも、すべて生得的・本能的に備わっている、つまり遺伝子によってコードされている行動パターンだったわけです。

 そして、遺伝子は基本的に「利己的な遺伝子 selfish gene」の原理で増えていきます。 もともと遺伝子DNAはただの物質であり、心も魂もないので、「利己的」も何もあったもんじゃありませんが、要するに自分が生き残り増えていくのに都合良いように変化(遺伝子変異)したものが自然選択され、生き残り増えていくわけです。

 遺伝子がそのような原理で増えていくことと、動物の行動パターンのほとんどは遺伝子によってコードされているということ、この2つの事実を組み合わせると、論理的な結論として、「動物は、自分をつくっている遺伝子が生き残り増えていくことに最も都合の良い行動パターンをコードする遺伝子を持つようになる」となります。この行動パターンに良いも悪いも、利己的もなにもないのです。なにしろ、ただの物質がコードするただの行動パターンなのですから。

 

 そのうち一つに「親投資」という行動があります。多くの場合、親は子どもをとても大切にします。 目一杯自分の時間とエネルギーを「投資」します。「愛」です。…ですが、基本的にはこれも「ただの物質がコードするただの行動パターン」に過ぎません。結果的に、親はこのように振る舞う方が、自分の遺伝子をより確実に生き残らせ、増えさせていくことができる、というだけなのです。

 

 そして、時には親は子どもに対してとてもひどいことをします。そのうち、よく知られたものに「子殺し infanticide」があります。

 

 ライオンの群れは、基本的に女系です。 どういうことかというと、ライオンの群れは血縁関係にあるメスたちと、血縁関係にはないよそからやってきた(別の遺伝子を持ち込んでくれる)オスによって、オスにとってのハーレムを形成しています。オスは多くのメスたち(姉妹)とたくさんの子どもをつくります。子どもたちは大人になるまで、この群れの中で過ごします。大きくなると、メスはそのまま姉妹同士で一緒に暮らしますが、オスは群れから出て行って放浪の旅に出ます。 オスはいずれ別の(遺伝子的には遠く離れた)メスたちがつくる群れを見つけて、場合によってはその群れを支配している別のオスと戦い、その群れを自分のハーレムにします。 …これが、割と平和的な普通のライオンたちの生活です。

 ところが、新しくハーレムに入ってくるオスは、すでにメスたちが先代のハーレムの長であった別のオスとの子どもを世話していると、その子どもたちをかみ殺してしまうことをします。 いったいなぜ、そんなひどいことをするのか?

 すでにお話ししたように、自分の遺伝子がより確実に生き残り、増えていくために最適な行動パターンがこれなのです。

 つまり、こういうことです。 一般的に、メスたちは乳飲み子を世話している間、次の妊娠ができない状態になります。 乳汁分泌を促すホルモンであるプロラクチンが排卵を抑制するからです。 さらに、たとえ離乳が終わっていたとしても、オスからしたら、自分の遺伝子とは何のつながりもない、ほかのオスの遺伝子を受け継いでいる子どもたちを育てるために、自分の大事な時間とエネルギーを費やしてしまうことは、「親投資」の大きな損失です。 しかも、そんなことをやっているうちに、自分よりもさらに強いオスがやってきて、このハーレムを乗っ取られてしまったら、このオスにとっては自分の遺伝子を残せなくなってしまいます。 結果的に、そんな「優しい」行動をコードする遺伝子は生き残れず、滅びていくだけなのです。 逆に言うと、すでにいる別のオスの子どもたちをかみ殺し、さっさとメスたちに自分の子どもを妊娠させ、さっさと育て上げさせた方が、自分の遺伝子を残すことには都合が良いのです。 結果として、この「子殺し infanticide」という行動パターンをコードする遺伝子が生き残り、ライオンのオスたちはみんなこういう行動をするようになった…というわけです。

 

 以上はライオンの話です。 所詮、けだものです。 私たち人間はそんなひどいことをしないだろう?と思いきや、実はそうでもないのです。 すべて親にとって自分の「親投資」という行動パターンを自分の遺伝子が生き残り増えていくのに最適な行動パターンになるように変化していった結果です。 ここからしばらく、継父stepfatherによる連れ子殺し、障害のある子殺し、などのダークサイドに目を向けていきます。

 

参考書

Gould JL.  Ethology - The Mechanisms and Evolution of Behavior  1982, W.M. Norton & Company, New York

男と女のラブゲーム 5

  男も女も、配偶者(性的なパートナー)を騙したり出し抜いたりしてでも、自分の遺伝子の生存確率が最大限になるように、あれこれ戦略的な行動をします。 (といっても、すべては意識的・意図的にやっているものではなく、ほとんど完全に無意識的な行動であるのですが、結果的にこのような行動パターンをコードする遺伝子が生き残ってきた、ということだったのです。) 

 

  女性は、遺伝子的に好ましくない男性を(とりあえずの)「夫」とした場合、夫の隙を見て浮気EPCをすることで、夫よりも優良な遺伝子を取り入れようとします。 夫の側はそうされまいと、あれこれ対抗策を取っているのでした。 妻が浮気をする隙を得た直後にすぐにセックスして「精子競争 sperm competition」をさせることで、妻の企みを阻止しようとするのもその一つでした。 これでは、妻のせっかくの努力も無駄になってしまう恐れがあります。

 

  その時、女性はどうするか?

 

  実は、女性にはまだ他にも対抗手段があるのでした。 それは女性がセックスの時にオルガスムに達するかどうか? そしてそのタイミングがどうなっているか? によって受精しやすさをコントロールしている、というものです。 これは男性側からはコントロールできないものですし、そもそもそんなことをされているとは気づくこともできないものです。 このため「女性による密かな配偶者選択 female cryptic mate choice」と呼ばれています。

 

  いったい、どういうことか?

 

  つまり、こういうことです。 昔は女性のオルガスムは女性に快感を与えること、そしてその時に下垂体ホルモンであるオキシトシンが急激に大量に分泌されることを通じてパートナーとの間に愛着と絆をつくること、以外にはあまり意味がないと思われていました。 ところが、動物実験によって、動物の女性が(メスが)オルガスムに達すると、子宮が収縮することでスポイトのように陰圧になり、膣内にある精子を含んだ液体を子宮内に吸い込むことによって受精の可能性を高めている、というメカニズムが示唆されたのです。 ということは、人間もそうなのか?

  変な実験ですが、実際に人間の女性の子宮に圧力モニターを挿入して、その状態で普通に普段のパートナーとセックスしてもらいます。 すると、子宮は普段からわずかに収縮したり弛緩したりを繰り返しており、それによってわずかに陰圧になったり陽圧になったりしているのですが、セックスでオルガスムに達すると、急に収縮して一気に陽圧になり、その後しばらく陰圧になることがわかったのです。 これによって、陰圧になっている間に、膣内にある精子を含んだ液体を吸い上げることを実際にしていたのです。

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  ということは、女性がパートナーとのセックスでオルガスムに達すかどうか、達したとしてそのタイミングがどうなっているか? が受精可能性に大きく関わって来ます。 つまり、オルガスムに達することがなかったり、男性側よりも先にオルガスムに達していたら、ほとんど「精子の吸い上げ」効果は期待できません。 それに対して、男性側がオルガスムに達した後で女性側がオルガスムに達することができれば、そこにある精子を吸い上げることになり、受精・妊娠可能性を高めることができます。 実際、計算すると女性が「オルガスムに達しない」場合や「男性よりも先にオルガスムに達する」場合は、精子の保持率は0〜50%くらいだろうと推計されるのに対して、「男性がオルガスムに達した直後、あるいは同時に、女性もオルガスムに達した」場合は、精子の保持率は50〜90%になるのです。

 

 大きな違いです。 

 

  つまり、女性は気に入った相手であると、男性がオルガスムに達したすぐ後で自分もオルガスムに達することで、その相手の精子を積極的に取り入れようとし、逆に気に入らない相手の場合は、オルガスムに達しないことで、彼の精子を拒否することを、ほとんど完全に無意識的にしていたのです。

 

  実際、女性の妊娠願望とオルガスムに達するタイミングとの相関をとってみると、女性が妊娠したいときは、男性側オルガスムに達したあとで自分もオルガスムに達することが多いことが示されているのです。

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  もちろん、男性もそれに対して対抗手段を取ろうとします。 つまり、何としても自分とのセックスで女性をイかせようとするのです。 そのうえ、女性がイかないと、どこか不満になって他のパートナーを探そうとしてしまいます。 これは、女性にとっては困ります。 そこで、女性も対抗手段をとります。 つまり、オルガスムに達したフリをするのです。 実際に調査をすると、約半数もの女性たちが、オルガスムに達するフリをしてしまうことがわかっています。

 

  男と女のラブゲームです。 こういうのを進化論的には co-evolutionというのですが、お互いがお互いを欺き、出し抜こうとして、どんどんやり口が巧妙化していくのです。

 

  男も女も、よくやります…。

   

 

 

参考書

Fox CA, et al.  MEASUREMENT OF INTRA-VAGINAL AND INTRA-UTERINE PRESSURES DURING HUMAN COITUS BY RADIO-TELEMETRY.   J Reprod Fert,  1970; 22:  243-251.

 

 Gallup Jr GG, et al.  Do Orgasms Give Women Feedback About Mate Choice?  Evolutionary Psychology, 2014; 12(5): 958-978.

 

Singh D, et al.  Frequency and Timing of Coital Orgasm inWomen Desirous of Becoming Pregnant.  Archives of Sexual Behavior‚ Vol. 27‚ No. 1‚ 1998: 15-29.

 

Kaighobadi F, et al.  Do Women Pretend Orgasm to Retain a Mate?  Arch Sex Behav. 2012 October ; 41(5): 1121–1125.