心のこと…

「医科心理学」の知識を遊ぶ

アダムとイブの争い 2

  生き物が自分の持つ時間とエネルギーを、自分の身体を維持・成長させるためではなく、自分の次の世代(子ども)をつくり育てることに振り向けること。これを「親投資 parent investment」と言うのでした。 そして、当然といえは当然、この「親投資」には大きな男女差があり、女性の方が男性よりも「親投資」に費やす時間とエネルギーがはるかに大きくなる、という生まれながらの男女差別があることをお話ししました。

 

  子づくり・子育てに費やす時間とエネルギーは、男性の場合それこそ一瞬で終わってしまうことも可能ですが、女性の場合は何年も費やすことになる命がけの一大事業なのです。

 

  このため、当然といえば当然のように、配偶者選択 mate choiceにおいて、男性が女性を選ぶことよりも、女性が男性を選ぶことの方がはるかに真剣で戦略的なものになります。女性は非常に多方面から男性の配偶者(自分の遺伝子をかけあわせる相手)としての好ましさを評価し、非常に戦略的に自分と自分の遺伝子が生き残り繁栄していく方法を選択していきます。

(もちろん、女性たちはみんなが意識的にそうしているわけではありません。進化論的に獲得してきた本能的・生得的な、そして大部分は無意識的な「知恵」によって、そのように行動するだけなのです。)

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  これまでの科学的研究の結果としてわかっているだけでも、女性が男性を選ぶときには、以下のようないくつもの査定項目があります;

 

(1)生き物として健康であり、感染症に強く、ちょっとやそっとでは病気になったり死んだりしない男性であること。

(2)男性ホルモンむんむんで、男らしい身体つきをしており、左右対称の美しい身体つきをしており、顔もイケメンであること。

(3)知力、体力、精神力ともに優れており、人気者で仕事もできる男性であること。

(4)社会的地位が高く、お金持ちであること。

(5)誠実で子ども好きで優しい人であること。

(6)自分とどこか似たようなところがあること。

(7)それでいながら、遺伝子的には近縁ではないこと。(特に主要組織適合性抗原MHC=ヒト白血球抗原HLAが遠く離れていること。)

 

…多すぎです。ですが、(1)〜(5)は女性とその遺伝子を引き継ぐ子どもたちが生き残り繁栄していくうえで、非常に大切な項目です。(なぜ「美しい身体をしているイケメン」が遺伝子の生き残りに好都合なのか? という問題は、もう少し後でお話しします。)

(6)は類別交配 assortative matingの原則として有名で、要するに進化が一定の方向性に進んでいくための必須事項のようなものです。ただ、当然近親者は「自分と似ている」わけですが、あまり遺伝子的に近縁であると、遺伝子の変異による病気が増えますし、集団全体が特定の感染症に弱くなって、下手をすると一族全滅なんてことになるとまずいので、(7)の項目が加わるわけです。

 

  ちなみに、男性が女性を選ぶポイントとしては、これまでに科学的にわかっていることとして、

 

(1)女性ホルモンむんむんのかわいらしくセクシーな顔をしており、胸が大きく腰がくびれお尻が大きい(いわゆるボンッキュッボン)セクシーな身体つきをしていること。

(2)若いこと。

 

…(3)以下ほとんどありません。もうこれだけでも、すごい男女差です。

 

  いったいこれは何なのか? こうした査定基準にどういう意味があるのか? こんな厳しい査定基準をパスできる男性なんて、そんなに存在しているものなのか? 女性たちはどういう戦略で自分の遺伝子を残そうとしていくのか?

  …そうしたことを、この後でそれぞれ少し詳しく見ていきます。

 

 

参考書

Dunbar R, Barret L, Lynette J.  Evolutionary Psychology.  

アダムとイブの争い 1

  社会的には男女平等ということになっていますが、生物的には、当然男女は違います。いろいろな点で平等なわけはないのです。

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  そもそも、生き物が有性生殖を始めた時から、わりとすぐに男女(オスとメス)が別れました。 生殖細胞が大きく少ない方(卵)を持ち寄る女(メス)と、生殖細胞が小さくたくさんある方(精子)を持ち寄る男(オス)です。

(お互いに持ち寄る生殖細胞の大きさと数にどうしてこんなアンバランスが生じたのかは、イマイチわかりません。おそらく同じ大きさ、同じ数の生殖細胞を掛け合わせる方式よりもずっと生存競争上の利点があったためでしょう。)

 

  逆に言うと、生き物たちが大きさと数の異なる生殖細胞を持ち寄って増えるようになってから、こうした生き物たちの世界には2つのことが生じました。男女という性差とセックスという行為、そして遺伝子的にプログラムされた寿命による個体の「死」です。

  (完全に余談です。当たり前と言えば当たり前ですが、バクテリアなど単細胞の生き物たちは細胞分裂で増えるために、遺伝子的にプログラムされた個体の死=寿命というものがありません。彼らは、事故で死なない限り、永遠の命を持っているのです…。そのうえ彼らには男も女もありません。彼らは、時々「性線毛 sex pilli」というパイプ状の構造を使って仲間同士で遺伝子を受け渡しすることがあり、この時の遺伝子の提供側を「オス」、遺伝子の受け手側を「メス」と便宜上呼ぶ場合がありますが、本当の意味でのオス・メスではありませんし、本当の意味での性交 sexではありません。)

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  さて、生き物たちが男と女に別れて、持ち寄る生殖細胞の大きさに大きな不均等を生じさせたことで、この時点から男女不平等が始まります。

 

  いったい、どういうことか?

 

  生き物たちが行なっている活動は、すごく大雑把に言うと、(1)自分の身体を維持・成長させていくことと、(2)子づくり・子育てをしていくこと、しかありません。そのどちらかしかないのです。そして、その生き物が持っているエネルギーをどちらにどれだけ振り向けるか、ということは、その生き物の生存・繁栄に深く関わる重大問題です。生き物が持っているエネルギーを子づくり・子育てに振り向けることを「親投資 parent investment」と呼び、生物学上の重要な概念の一つです。

 

  男女不平等の問題は、男と女で、この「親投資」の大きさがまるで違う、というところからスタートしているのです。

  まず、持ち寄る生殖細胞の大きさがまるで違う、ということがあります。女性が(メスが)持ち寄る「卵」は、男性が(オスが)持ち寄る「精子」よりも圧倒的に大きいので、そんなに数をつくれませんし、莫大なエネルギーと時間を要します。もうこの時点から、女性が(メスが)子づくり・子育てにかける「親投資」は、男性(オス)に比べて桁違いに大きいのです。

  さらに、子どもがある程度大きくなるまで母親の子宮の中で育てられ、そのうえ産まれてからも長いこと母親の母乳によって育てられる哺乳類では、さらに「親投資」の男女差が広がります。

  私たち人間では、特に妊娠期間が長いのと、授乳期間が長いのとで、「親投資」の男女差はさらに大きくなります。そりゃそうです。男にとって「子づくり」はほんの一瞬で可能ですが、女にとっては命懸けの一大事業なのです。

 

  生き物が次世代の命をつくるのに費やす時間とエネルギー=「親投資 parent investment」の大きな男女差。これによって、男と女の行動パターン、特に生殖関連行動の行動パターン、恋愛の心理に大きな男女差を生じ、それがさらに社会的な男女不平等につながっていくわけです。ここからしばらくは、そんな男女差の話題を見ていこうと思います。

 

 

 

こぼれ話;女子どもは殺さない…

  アフリカのアダムとイブの昔から、どうやら人類の祖先は戦争(部族間闘争)ばかり繰り返してきたであろうことを前提にお話ししてきました。 それほど、戦争(部族間闘争)は人類にとって基本的な本能行動であって、おそらく人類の進化に必須の条件でもあったのだろうと思われるのです。これは、私たち人類にとって、個々の「死」がどんなに嫌で悲しいものであっても避けがたいものであるのと同様に、人類全体にとって戦争(部族間闘争)といったものは、どんなに悲惨で嫌なものであっても、おそらくそれなしでは人類は存在し続けることができないのでしょう。

(多くの科学者がこのように考えているので、一般の人たちの中には科学者のこうした見方を「戦争肯定派」だと安直に考える人たちがいます。そうではないのです。どうしようもない事実として認めているだけなのです。)

 

  そうではあっても、人類がアダムとイブの頃から(おそらくはそれよりもずっと以前から)延々と続けてきた「戦争」には、それなりのルールもあるようです。まず、戦争は基本的に男たちが行うものであり、「女子どもは、殺さない」という暗黙のルールがどうやらあったようなのです。このために、すでに見てきたような男女の遺伝子バリエーションのアンバランスがあるわけですし、「アダム」が「イブ」よりも10万年も遅れてやってきたわけなのです。そして、現代に生きる私たちにもその習性は残っているようで、暴力性は基本的に男性の方が強いのですが、男性が暴力性・攻撃性を向けるのは基本的に成人した男性に対してです。成人した男性は、普通は女性や子どもに暴力性・攻撃性を向けることはないのです。(このため、「男のくせに」女性や子どもに暴力を振るうような男性は、その異常性ゆえに、激しく軽蔑され、社会的に遠ざけられることになるわけです。)

 

  結果として、インド半島での男性遺伝子の消滅の話でお話ししたように、原始人の戦争においては「男は皆殺し、女は奪われていく」ということになったのだろう、と考えられるのです。

 

  その名残として、現代人においても女性や子どもによく見られる「血液・外傷恐怖症 blood/injury phobia」あるいは心理的ショックによる迷走神経発作というものがあります。血を見たり、怪我をしているのを見て、失神してしまったり、へなへなと腰が抜けてしまうアレです。

(ちなみに、「血液・外傷恐怖症」というのは意外に多く、女性よりは少ないながらも男性でもあることがあり、しかも血や外傷を見ることが仕事である医者や看護師にもあることがあります。もっとも、医者や看護師は学生のうちに実習などでさんざん何回も血を見たり怪我や手術を見たりするので、だんだん慣れてくることになります。つまり、元高所恐怖症のとび職の人たちのように、何度も繰り返して恐怖対象に曝露されることで、慣れを生じてくることはできるわけです。)

 

  この「血液・外傷恐怖症」という現象は、どういうわけか圧倒的に女性に多いことがわかっています。以前にもお話ししましたが、ある行動パターンに大きな男女差がある場合、基本的にそれは進化論的な「性選択 sexual selection」に役立ったのだろう、と考えていく原則があります。

 

  では、いったいどんな意味でそれが役立ったというのか? 

 

  男性と違って女性には、血を流している人を見たり怪我をしている人を見たり、実際に自分が怪我をして血を流すことになってしまった時に、腰が抜けて倒れてしまう、ということに、いったいどのような生存・繁栄上の利点があったというのか?

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  ここまでで「女子どもは、殺さない」という暗黙のルールがあったであろう原始人たちの戦争(部族間闘争)のお話をしてきたことから、もうお分かりでしょう。

 

  原始人たちの戦争において、戦いをするのは男たちでした。女たちは自分の村にいたでしょう。自分の村の男たちが負けて、敵の男たちが村まで攻め込んでくるようになった時点で、もう負けは確定しています。それでも諦めないで最後まで抵抗した女性たちは敵に殺されてしまっていたことでしょう。それに対して、仲間たちが血まみれになって倒れていく中で、血のついた武器を持った敵がやってきた時に、へなへなと腰が抜けて戦闘不能状態になった女性たちは助かったはずです。こうして助かった女性たちは、かつての敵だった村の男たちとの間に子どもをつくり、繁栄していき、その遺伝子を後世に残した…という筋書きです。

(これに対して、成人した男は、どうせ皆殺しになってしまうので、諦めず最後まで戦った方が良いに決まっているのです。ここに「(遺伝子的な意味での)生き残り戦術」の男女差が生じるわけです。)

 

この「血液・外傷恐怖症」の有病率の男女差の話以外にも、かつて人類が原始人だった頃に生存・繁栄競争上有利であったために現代人の遺伝子の中にも残っている行動パターンというものがいくつもあります。そうしたことも、この後の話で見ていきたいと思っています。

 

 

参考書

Bracha HS.  Freeze, flight, fight, fright, faint: adaptationist perspectives on the acute stress response spectrum.  CNS Spectr. 2004;9(9):679-685.

 

アダムとイブの戦い3

 その頃、日本では…

 

  全人類共通の父「アフリカのアダム」が地上に降り立ったのが約5万年前。それからしばらくして、私たち人類の先祖たちは、人類発祥の地・アフリカを出て全世界に増えながら散らばっていきました。

 

  その第一波が、アフリカの真ん中→アラビア半島→インド→インドネシア→東南アジアやオセアニア…といった海沿いルートをたどる「ナギサ人」でした。

  それから少し遅れて、アフリカの真ん中 →中東→ユーラシア大陸の内陸ルートを進む「ナイリク人」が、アフリカを出たのでした。

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  日本を含む世界各地に暮らす現代人の遺伝子を解析してわかってきた日本人のルーツは、おそらくこの「ナギサ人」と「ナイリク人」の混血だろう、ということです。

 

  まずはじめに、(インド半島でそうであったように)海沿いルートを進む「ナギサ人」がアフリカ→アラビア半島インド半島→東南アジア→日本…とやってきたのです。

 

  おそらく、こうした南の方から日本にやってきた「ナギサ人」の末裔たちは、北方からやってきた「ナイリク人」の末裔と、この日本という島国で出会い、なかなか仲良くやって混血し、日本の先住民族・「縄文人」になったと思われます。(ここで、縄文人にはおそらく「ナギサ人」の遺伝子が入っていたであろうことに注目してください。日本と同じような孤島であるインドのアンダマン諸島陸の孤島であるチベットには、日本人と同じY染色体の遺伝子、「ナギサ人」の遺伝子を持った人たちが今も暮らしています。アジアでもそれ以外の土地は、その後にやってきた「ナイリク人」たちによって、「ナギサ人」の遺伝子はほぼ消滅してしまったのでした。)

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  基本的には狩猟採取民族であった縄文人は、(その「未開」性のために)それほど爆発的に増えることなく日本で平和に暮らしていたのでしょう。

 

  ずいぶん時代が経って、朝鮮半島から「弥生人」の祖先が流入してきました。

  いったい、どうなってしまうのか?例によって、平和に暮らしていた「縄文人」は好戦的で高度な文明を持つ「ナイリク人」の末裔である朝鮮半島人(=弥生人)によって皆殺しにされてしまうのか?

 

  結果は、意外に平和的にいったようです。 というのも、現代に生きる日本人の男性の遺伝子には、「ナギサ人」の男性の遺伝子が少しだけのこされているからです。「男は皆殺し、女は奪われる」ではなかったのです、どうやら。

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  ただ、完全に平和裏にいったかというと、そこまでは言えないようです。実際、現在の「日本本土人(=大和人)」は縄文人弥生人の混血なのですが、縄文人の血がより強く残っている「沖縄人」は「日本本土人(大和人)」ほどには混血が進まなかったようですし、もっと縄文人の血が色濃く残っている「アイヌ人」はほとんど混血が進まなかったのです。つまり、日本に住む縄文人弥生人の少なくとも一部は、完全に分断したまま対立を続け、結果的により高度な文明を持つ(農耕民族である)「弥生人」(今となっては「日本本土人」となった混血の人たち)が「縄文人」の末裔たちを南と北に追いやり、日本列島を支配するようになったのです。

(南と北に追いやられた縄文人の末裔は、それぞれ「沖縄人」と「アイヌ人」になり、その後も「日本本土人(=大和人)」に追い立てられ、攻められ、絶滅に近いところまで追い詰められていくことになったわけです。もともと狩猟採取民族の彼らは、ところどころに「部落」をつくって密かに生活し、「えた・ひにん」と呼ばれ差別され、被征服民としてのみじめな生活を余儀なくされたのでしょう…。)

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  そんなこんなで、現代の日本に生きる私たちは、遺伝子的には中国・朝鮮半島人の末裔である「弥生人」の遺伝子が大部分、そこに少し「縄文人」の遺伝子が混血して、生まれてきた…、ということになるわけなのでしょう。

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  縄文人は「ナギサ人」の末裔、弥生人は「ナイリク人」の末裔、と考えると、日本は非常に珍しく(たぶん島国だったからでしょうが)、その両方の遺伝子が残されている場所なのでしょう。(チベットアンダマン諸島の人もそうですが。)

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参考書

Shi H, et al.  Y chromosome evidence of earliest modern human settlement in East Asia and multiple origins of Tibetan and Japanese populations.  BMC Biology 2008, 6:45 doi:10.1186/1741-7007-6-45.

 

Hammer M & Horai S. Y Chromosomal DNA Variation and the Peopling of Japan.  Am. J. Hum. Genet. 56:951-962, 1995.

 

 

アダムとイブの戦い2

  アダムとイブの昔から(ここで言うアダムとイブは、旧約聖書のアダムとイブではなく、人類の遺伝子の起源をたどって行き着いた約5万年前の全人類共通の父「アフリカのアダム」と、約15万年前の全人類共通の母「アフリカのイブ」のことです)男性は女性よりも生きていくことがより困難だった…という話を続けます。

 

  いったい、どういうことか?

 

  そもそも、アダムとイブがそうですが、ほとんど世界中どこにいっても、男性の遺伝子のバリエーションは、女性の遺伝子のバリエーションよりも極端に少ないのです。つまり、男性は女性よりも生き残り子孫をつくり、自分の遺伝子を次世代に継承していくことがより困難であったことの表れです。

 

  有名なところでは、今のインド辺りで起こった、男性の遺伝子の消滅の歴史があります。

 

  人類は、ちょうど「アフリカのアダム」が地上に降り立った直後くらいから、発祥の地であるアフリカの真ん中あたりを飛び出し、世界各地に増えながら散っていきます。(それだけ、「アダム」の血筋が、同じ時代の原始人たちに比較して、飛び抜けて優秀であり、環境適応能力に長けていたということでしょう。)

  アフリカを飛び出した現代人類の遠い先祖たちは、まず第一波がアフリカの中央部→東アフリカ→中東の沿岸部→インド半島インドネシア→東南アジアやオセアニアまで進みました。 この第一波の海沿いルートを進んできた人たちのことを、ここではわかりやすく「ナギサ人」と呼ぶことにします。

 

  それから少し遅れて、サハラ砂漠を北上し、中東から内陸ルートを進んでいく第ニ波の人たちがアフリカを出て行きました。この内陸ルートを進んできた人たちのことを、ここではわかりやすく「ナイリク人」と呼ぶことにします。

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  さて、問題のインド付近で何が起こったのか? この土地へは、まずは第一波の「ナギサ人」がやってきて住み着いていました。

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  そして、地図を見ておわかりのように、この土地には後からやって来る「ナイリク人」が流入してきます。ここで「ナギサ人」と「ナイリク人」は出会うことになるのですが、この出会いが平和的なものであったのか、もっと物騒なものであったのかは、今となってはわかりません。ただ、遺伝子上はとんでもないことが起こっていました。

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  つまり、もともと住み着いていた「ナギサ人」の女性の遺伝子(ミトコンドリア遺伝子)は残されたのですが、男性の遺伝子(Y染色体遺伝子)はこつぜんと消滅してしまったのです。代わりに、後からやって来た「ナイリク人」の男性の遺伝子(Y染色体遺伝子)に置き換えられてしまったのです。 つまり、遺伝子的には、先住民族の「ナギサ人」の男性は皆殺しにされ、後から入って来た「ナイリク人」の男性が「ナギサ人」の女性たちを奪って行ったのです。

(このため、ちょっと考えればおわかりになるでしょうが、この土地においても、女性の遺伝子のバリエーションの方が男性の遺伝子のバリエーションよりも多い結果になるわけです。)

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  いったい、何が起こったのか? 本当に凶暴で侵略主義の「ナイリク人」の男性たちが、海沿いで平和に暮らしていた「ナギサ人」の男性たちを文字通り戦争(部族間闘争)で皆殺しにして、しかも女性たちを奪って行ったのか? 現在の地球上に暮らすほとんどの人たちの共通の祖先である「ナイリク人」って、そんなに悪い奴らだったのか?

 

  わかりませんが、いくつもの可能性が考えられます。

 

  (1)まずは、一番単純で考えやすいもので、文字通り「ナイリク人」が「ナギサ人」と戦争をして、「ナイリク人」の男たちは「ナギサ人」の男たちを皆殺しにして、女性たちを奪っていったというもの。(その「ナギサ人」の女性たちは、かつては敵だった「ナイリク人」の男たちとの子どもをつくり、増えていった、というストーリー。)

 

  (2)あるいは、戦争の末に「ナイリク人」に負けた「ナギサ人」たちは皆殺しにはされなかったものの、奴隷などになり、子孫を残せない身分にされてしまった。しかし「ナギサ人」の女性たちのうち美人だったりして「ナイリク人」の男に気に入られたものは、かつての敵だった彼らと結婚し、子孫を増やしていった、というストーリー。

 

  (3)あるいは戦争そのものがなかった。しかし、「ナギサ人」に比べて高度な文明を持ち豊かな生活をしている「ナイリク人」が「経済的侵略」をしてきたことで、「ナギサ人」はどんどん貧困化していってしまった。すると、女性たちには「よりお金持ちの男性を好む」という本能的な行動パターンがあるために(このことは、またずいぶん後でお話しします)、貧乏でさえない「ナギサ人」の男性を捨てて、お金持ちでカッコいい「ナイリク人」の男たちとばかり結婚するようになった。それが何世代も続くうちに、「ナギサ人」の男性は絶滅してしまった、というストーリー。

 

  (4)血で血を洗う戦争も、経済的な侵略もなかった。ただ「ナイリク人」の男性は「ナギサ人」の男性よりも無茶苦茶イケメンが多かったので、イケメン好きな「ナギサ人」の女性たちは、表面上は「ナギサ人」の男性たちと結婚しておきながら、時々イケメンの「ナイリク人」の男性たちと浮気(より学術的にはEPC=extra-pair couplationと呼びます)をしては「ナイリク人」との子どもばかりつくっていた。(そうとは知らない「ナギサ人」の男性は、カッコウの托卵のように、自分の子どもだと勘違いしてせっせと育てるわけです。血液型も遺伝子検査もない時代のことですから、可能なのです。)そういったことを繰り返すうちに、「ナギサ人」の男性の遺伝子は消滅してしまった、というストーリー。(女性の浮気という遺伝子継承戦略については、これもまたずいぶん後で取り上げます。)

 

   …どの可能性もありそうです。しょっちゅう「部族間闘争」(=戦争)を繰り返す人間の習性を考えると、(1)や(2)の可能性が高いのですが、(1)〜(4)すべてが理屈上は可能です。

 

  いずれにしろ、結果は同じです。 男性は女性よりも生き残りにくい…、ということです。

 

 

参考書

Wells S.  The Journey of Man.

 

  

アダムとイブの戦い1

   現代に暮らす世界各地の男性、女性の遺伝子を調べることで、人類の起源を推定することができる…。 より具体的には、男系で継承されるY遺伝子の遺伝子変異を追うことで世界中に住む男性の遺伝子的な系譜を追うことができますし、女系で継承されるミトコンドリア遺伝子の遺伝子変異を追うことで女性の遺伝子的な系譜を追うことができます。男は女がいなければ、女は男がいなければ生きていけませんから(遺伝子的な意味では、です)、原始時代の頃からずっと男性は常に女性と、女性は常に男性と一緒に生きて来たはずで、男系の遺伝子を追おうと、女系の遺伝子を追おうと、結果は同じになるはず…と思ったらそうではなかったのです。

 

  実際、この進化論の話の導入部分でお話ししたように、女系は約15万年前のアフリカに暮らす一人の女性(「アフリカのイブ」)を起源とすることがわかっていたのですが、男系について調べるとなんと約5万年前までしか遡れず、世界中の全ての男性の持つ男系の遺伝子は約5万年前にアフリカに暮らす一人の男性(「アフリカのアダム」)に起源を持つことがわかったのです。

 

  イブは15万年前なのに、なぜアダムは5万年前? なぜアダムはイブよりも10万年も遅れてやって来た? イブは10万年もアダムの到着をイライラしながら待っていたとでも言うのか?

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  当然、そんなことはないわけです。 ここに「男」と「女」の違いが表れています。一般に、性別によってなんらかの違い(身体の大きさや形、行動パターン、等々)がある場合、それによってなんらかの意味でその性別の中での生殖・繁栄での競争に有利に働いたからだろう、と考えられる原則があります。これは自然環境などへの環境適応への有利・不利によってその形質(身体の大きさや形、行動パターン、等々)が生き残り繁栄していく確率が上がることによる「自然選択 natural selection」とちょっとばかり区別する意味で「性選択 sexual selection」と呼ばれます。おそらく、進化論的な意味での「性選択」によって、男性は「男性的な」行動パターンを進化させ、女性は「女性的な」行動パターンを進化させ、そうした行動パターンの違いによって、人類の進化の歴史は男性と女性で微妙に違っている面がある…ということなのでしょう。

 

  というわけで、ここからしばらくは、進化論的な「男」と「女」の違いについて、見ていこうと思います。

 

  話は戻って、「アフリカのイブ」が地上に降り立ったのが約15万年前であるのに対して、「アフリカのアダム」は約5万年前だった、という問題です。 いったいなぜなのか? いったい何が起こったのか?

 

  当然、「アフリカのイブ」には夫がいたでしょう。議論をわかりやすくするために、この頃の両親はだいたい等しく男の子も女の子も2人ずつつくっていた、とします。「アフリカのイブ」とその夫からは、2人の男の子と2人の女の子ができます。次の世代はまたそれぞれ4人ずつ子どもをつくりますから、男の子は合わせて4人、女の子も合わせて4人になります。その次の世代、さらにその次の世代、…そうして10万年後の「アダム」が生まれる頃の第n番目の世代では、男の子は2のn乗、女の子も2のn乗人に増えているはずです。ところが、歴史はこの約5万年前にたくさんいたはずの男性のうち、「アダム」だけしか生き残っていないことを示しています。「アダム」以外の2のn乗ー1人もの男性たちは、いったいどこに行ってしまったのでしょう?

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  どこにいくも何も、遺伝子的には消滅していったのです。「アダム」以外の男性はみんな死に絶えたのです。そして、「アダム」一人だけが2のn乗人もの女性たちを独り占めした…ということになります。

 

  いったい何が起こったのか? 女性たちは平気で生き残っていることを考えると、自然環境の変化によって、多くの男性が死に絶えたのではないだろうと思えます。同様に、疫病とかでもなかったでしょう。では、なぜか? アダムか? アダムが自分以外の男性たちを皆殺しにして、自分だけが世界中の女性たちを独り占めにしたのか? なんて悪いやつなんだ、アダムってやつは。そんな悪い奴が私たち人類共通の父親だというのか?

 

いくつかの仮説が可能です。しかし、まず一つ確かなことがあります。女性に比べて、男性は「性選択」を生き残ることが格段に難しい、ということです。

 

  男は、強くなければいきてゆけない。優しくなければ生きてゆく資格がない…?

 

 

 

 

参考書

Wells S.  The Journey of Man

 

こぼれ話;私たちは本当に自分の「意思」で動いているのか?

  これまでの「道具をつくり、使うこと」、「歌と音楽」、そして「言語活動」の議論からおわかりのように、これら3つの人間独特の行動は全て基本的に同じものです。「目的に対して直線的に方向付けられた、階層構造を持ち順序立てられた動作」のプログラミングをする能力とそのプログラミングを解釈する能力による、すごく広い意味で「道具をつくり、使うこと」そのものです。この意味で、私たちの人間にとって「音楽や歌」も「言葉」も「道具」なのです。すぐに言語化することができる「意識的な思考」も「道具」です。(意識的な思考には、「道具をつくり、使うこと」と同じ、「目的に対して直線的に方向付けられた、階層構造を持ち順序立てられた」思考の操作をする、という性質があることは、ちょっと自分の意識的な思考を振り返るとわかるはずです。)こうしてみると、私たち人間は(起きている時は)いつでもつねに 「道具」をいじっていることになります。そのくらい、私たちは「道具をつくり、使うこと」ばかりしているわけですし、「道具をつくり、使うこと」は私たちの意識的な活動そのものだとも言えそうなくらいです。

 

  ここで、ちょっと「意識的な思考」と言うものを考えてみたいです。

 

  素人考えでは、私たちは自分の「意識的な思考」によって思考し、動いているのだと考えがちです。知り合いが向こうから歩いてくるのが見えたから、挨拶がわりに立ち上がって手を振ったのだと考えがちです。喉が渇いたから喉をうるおそうとお茶をいれて飲んだのだと考えがちです。頭がかゆかったからかゆみをとろうと頭を掻いたのだと考えがちです。野原で蛇を見て危険だと感じ不安になったから叫び声をあげて飛び退いたのだと考えがちです。私たちは、普通に、自分は自分の意識的な意思で動いているのだと考えがちです。

  …しかし、最近の科学的な知見では、実はそうではないことがわかって来たのです。私たちは、誰も自分の「意思」(意識的な意思)などで動いているのではないのです。私たち自身が自覚する、意識する「自分」が自分の主人ではないのです。

 

  いったい、どういうことか?

 

  古くはフロイト Freud Sの「無意識の発見」にさかのぼります。 当時、フロイトはフランスの高名な神経内科シャルコーの催眠実験を見て「無意識」が人の感情反応や行動を決定づけていることに気づきました。その当時よく行われていた催眠実験では、被験者の患者に催眠術をかけてあれこれ暗示を与え、本人の意思ではないのに、いろいろな動作をさせていました。その中でも強烈だったのは「後催眠暗示 posthypnotic suggestion」という現象でした。催眠中に「あなたは、催眠から覚めて私(術者)が手を叩くと、立ち上がって右手をあげる」とか「水を飲む」とかの暗示を与えるのです。そしてその暗示を与えられたことをすっかり忘れてしまうという暗示も与えます。その後、被験者を催眠から覚まして、術者が手を叩くと、被験者は暗示されてた通りの行動をするのです。被験者は意識がある状態で、実際に「自分の意思で」そうしているように、「立ち上がって右手をあげる」とか「水を飲む」とかするのです。そして、術者が「なぜ、そんな行動をしたのですか?」と聞くと、被験者たちは決まって、そうした行動があたかも自分の意思であったかのようなことを言うのです。「向こうに知り合いがいたような気がしたから、立ち上がって手を振ろうと思ったのです」とか「喉が渇いたので、喉をうるおそうと水を飲んだのです」などです。驚いたことに、被験者は本気でそう思っているのです。決して、適当な「言い訳」を意図的にこしらえているのではないのです。

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  これはいったいどういうことか? 当時フロイトが考えたのは、人は本当は自分の意識的な意思・意図などで動いているのではなく、人の行動や感情反応は大部分が無意識的に決定されているのであり、意識的な「意思・意図」は無意識的にこしらえた後付けの言い訳にしか過ぎないのだ…という(当時としては)驚くべき結論でした。

 

  それからずいぶん経って、脳の機能のいろいろなことがわかってきました。フロイトの頃とは違い、私たちの脳は、私たちが意識できることよりはるかに大量の情報を一度に処理しており、私たちが意識できることは、そのうちのほんの一部でしかないこともわかってきました。(フロイトの頃の「無意識」は、基本的にはもともと「意識」にあったものが、心理的な不都合のために、無意識の領域に押しやられたもの、ということになっていました。実際には、無意識はもっともっと広く、むしろほとんどのことが無意識的に処理されていて、意識のあがってくるのが例外的なごく一部だった、ということだったのです。)

 

  そうした中で、有名な「分割脳 split brain」の実験があります。

 

  人間の大脳皮質は右半球と左半球からできていますが、その両方をつなぐ大掛かりな神経線維の束として「脳梁」という構造があります。このために、右脳で処理された情報も、左脳で処理された情報も、基本的には両方の脳半球で共有することができるのです。

 

  ところが、難治性の癲癇の治療として、左右の脳半球をつなぐ「脳梁」を離断する手術がありました。この手術を受けた後の患者は右脳と左脳があまり情報共有することなく、あたかも別々のように動くのです。

 

  そこで、右脳の機能と左脳の機能を別々に調べるために、この手術を受けた後の被験者に対して、右脳と左脳に別々の情報を与えて、それぞれをどのように処理するかを見てみる実験がなされたのです。

(右脳と左脳に別々の情報を与えるのはどうするのか? 例えば、視覚情報の場合、右視野にあるものは左脳が、左視野にあるものは右脳が処理します。 あるいは右手が持っているものの触覚情報は左脳が、左手が持っているものの情報は右脳が処理します。このようにして、右脳と左脳に、どちらかだけが受け取ることができる情報を与えるのです。)

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  その結果、面白いことがわかりました。

  例えば、視覚情報として、右脳に「雪景色」のイメージ、左脳に「ニワトリの足」のイメージを与え、(右脳が支配する)左手と(左脳が支配する)右手に関連するアイテムを選ばせる課題を行わせます。すると、「雪景色」を見ている右脳は、関連するアイテムとして「雪かき用のスコップ」を左手が選ぶことをさせます。他方で、「ニワトリの足」を見ている左脳は、関連するアイテムとして「ニワトリの頭」を右手に選ばせます。まあまあ、もっともな反応です。しかし、面白いのはここからです。被験者に「なぜこのアイテムを選んだのか?」と質問します。左脳にある「言語中枢(のメイン)」は「ニワトリの足」を見ていることも、右手が「ニワトリの頭」を選んだことも知っていますから、普通に「それは当たり前です。ニワトリの足の絵を見たから、ニワトリの頭のアイテムを選んだのです」と意識的な言葉で答えられます。しかし、右脳は言語中枢(のメイン)がないので、自分がやっていることを意識的な言葉で説明することができません。かわりに、右脳がやっていることを見ていた左脳がその行動を解釈して、こう答えるのです;「そして、ニワトリ小屋の掃除にはスコップが必要でしょう。」

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  そうなのです。ここでもやはり、私たちの「意識的な意思・意図」というのは、私たちが行っている行動の本当の動機になっていないのです。むしろ、自分がやっていることを観察し、そこにある「目的に方向付けられてた、階層構造を持ち順序立てられた動作」のプログラム(=「意図」・「意思」と呼べるようなもの)を(当てずっぽうでもなんでも、一見するとそれらしい説明として)解釈しているだけのようなのです。

 

  そう、私たちが普段は自分のものだと思っている、自分の「意思」や「意図」、意識的な「気持ち」といったものは、もともと私たちの遠い祖先が進化の過程の中で他人の行動、特に「目的に方向付けられてた、階層構造を持ち順序立てられた動作」プログラミングを解釈するために獲得した機能を、自分自身の行動に対して転用しただけのもののようなのです。

 

  私たちの脳の中では、常時とんでもなく大量の情報があまりにも複雑に処理されています。それをわかりやすく、それこそ両手でつかめる程度の簡単な「道具」にすること、そうして伝えやすく、理解しやすく、取り扱いやすくしたもの…それが「意識的な思考」であり、私たちが普段「自分の気持ち」だと意識しているものであり、自分の行動を決定づけていると勘違いしている自分の「意思」や「意図」の正体なのでしょう。私たちは両手でものを操作するように頭の中で意識的な思考をしており、頭の中にある作業スペースが「意識」そのものなのです。

 

  そうやって考えると、よく法律家が言う、「その行為は意図的なのか?故意ではない、そのつもりではなかったのか?」といった議論は、ほとんど意味がないのだろうな、ということになっちゃうのですが。

 

 

 

参考書

Gazzanuga MS.  Cerebral specialization and interhemispheric communication.  Brain, 2000; 123: 1293-1326.